セクサロイドは眠らない

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2002年03月22日(金) 「さっきみたいに舐めてくれない?きみの舌、ざらざらしてて気持ちいいんだ。ぞくぞくするよ。」

私はまだ子猫で、お腹を空かせてみぃみぃ鳴いていた。

彼は私に微笑むと、抱き上げて、部屋に連れて帰ってくれた。
「腹空いてるんだな?」

私は、彼の広い肩に頭をもたせ掛けて気持ち良かった。

彼の部屋で、ミルクをもらい、体をきれいにしてもらって、私はゆっくりと眠った。飼い主の手によって遠く離れた場所に置き去りにされてから、誰かに優しくされたのは久しぶりだった。

目覚めると、彼は、大きな手で、私の小さな体を好きなように弄んだ。私は、まだほんの子供で、そんなことが嬉しかったりした。

そうして、私は、彼の部屋に住み付いた。

彼は、小動物とか、子供とかが好きな男だった。だが、女性に対してはどことなく冷淡な男で、浮気性だった。しょっちゅう、いろんな女が彼の部屋を訪れる。そんな時は、私は彼の部屋を追い出され、ソファの隅で眠る。彼は、それらの女性の誰とも長続きはしなかった。

私は、年を経て、成熟した猫になった。もう、春になると、私の体の中で暴れるものが、私を狂わせる。彼に下半身を預けて身悶えする。彼は、おもしろそうに私を眺めて、体をさすってくれる。

私は、ある決意をする。

--

私は、人間の姿になった。

ぐっすり眠っている彼の頬を、私は、四つん這いになって、舐める。

「ん?なに?」
「ねえ。起きてよ。」
「きみは?」
「猫よ。あなたに飼われている。」
「まさか。はは。」
「ねえ。抱いてよ。」
「いいけど。」
彼は、寝ぼけていたが、微笑んで、私の体を引き寄せて抱き締めてくれた。

「驚いたな。人間の姿になるなんて。」
「あなたが好きなんですもの。」
「ねえ。頼みがあるんだけど。」
「なんですの?」
「さっきみたいに舐めてくれない?きみの舌、ざらざらしてて気持ちいいんだ。ぞくぞくするよ。」
「分かったわ。」
私は、彼の望むように、彼の体を舐める。

「う〜ん・・・。」
彼は、気持ち良さそうに吐息を漏らす。

それから、彼は、私の上に乗ると私の耳たぶを優しく噛んでくれる。
「知らなかったなあ。きみにこういう特技があるとは。」

そうして、彼は、私の発情した下半身を満たしてくれる。

ゆっくりと。やさしく。初めての女の子を扱うように、丁寧に。

私の下半身は熱く、すっかり溶けてしまったのかと思うくらいに、どこからどこまでが肉体か感覚か区別がつかなくなっていた。とてつもなく長いような時間の間、緩やかに高まって行く。

私は、人間の声で悲鳴を。それは、随分と悲しそうに響いた。

そうして、一つの予感を掴んで。

穏やかな時間に満たされ、彼は満足そうに眠り、私は猫の姿に戻る。

--

私は、望み通り、彼の子供を得た。

彼は、あの夜のこと、覚えているのかいないのか。相変わらず、やさしくしてくれる。

出産の夜、私は、クローゼットの奥に引っ込み、彼から授かったいとおしい生命を生み出す。その瞬間、涙する。

まだ、目も開かないその命達を、私は守る。

どうしても欲しかったもの。愛する人と創り出した、命。

--

私と二匹の子猫達は、相変わらず幸福だった。

ある日、髪の長い、美しい人が訪れた。とても悲しそうな目をした人だった。

彼は、今までの女性と違い、彼女を大事にもてなした。私は気付く。彼女は彼の大切な人になるであろうこと。

私の胸は悲しみに潰れそうになる。

迷った挙句、私と子猫は彼の部屋を出る。

拾われてからずっと過ごした居心地のいい部屋を去るのはつらかったけれど。たまには、恋に身を焦がす猫がいてもいいでしょう。

--

子猫達は大人になり、私は、随分と老いた猫になった。

--

ある日、私は、彼女とばったり出会う。

「あら。」
彼女は、微笑んで手を伸ばす。

「私のこと、覚えてる?」

にゃー。

「そう、覚えてくれているの。ね、来ない?」
私は、うなずくように彼女を見て、彼女について行く。

彼女の部屋は、小さなアパートの一室で。

彼と結婚したのではなかったの?

「ねえ。結局、あれから私達別れたのよ。」
彼女は、私を膝に載せて、喉を優しく撫でてくれながら、言う。

「どうしてかしら。彼、あなたが出て行ってから、随分と寂しがってね。あんなに猫が好きな人とは思わなかった。違うのを飼いましょうって言っても、駄目だって。」

私は、意外な顔をして彼女を見上げる。

「あの子猫達、彼によく似てたわね。やんちゃなところ。茶色の目。女性にじゃれつくのが上手なところ。」

知ってたのね?私の恋。

「私も、せめて彼の子供を、と思った日がないでもなかったわ。でも、考えてもしょうがないこと。」

そうね。私だって、あの日、彼の部屋を出なければ。なんて、考えてもしょうがないこと。

「ありがとうね。つまんない話聞いてくれて。」

女同士の話なら、いつでも相手をするわ、と、私はしっぽをひとふりして、部屋を出る。


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