セクサロイドは眠らない

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2002年03月21日(木) 私はその時、姉の身代わりとして彼に抱かれることを決めた。姉は、死んでなお、そのような存在だった。

それは、美しいカップルだった。

モデルのように美しい姉と、メイクアップアーティストの義兄。

彼らの恵まれた美貌と才能は、双子の天使のように彼ら自身を優しくしていた。

--

「ねえ。お兄さん。メイクしてよ。」
私は、姉夫婦が遊びに来ると、そう言う。

「いいよ。」
義兄は笑って、応じてくれる。

「じゃあ、お昼の材料、何か仕入れてくるわね。」
と、姉は私達を置いて買い物に行ってしまう。

「お姉さんほど美人じゃないけど、我慢してよね。」
「そんなことない。僕にとっては素敵な素材だ。メイクしたくなる顔だ。」
「それだけ手を加える余地があるってことよね。」
「可能性を秘めてるってことだよ。」
私達は笑い合う。

「きみのお姉さんは、最高だ。」
「知ってるわ。」
「僕は、彼女の顔にインスパイアされて、メイクをする。彼女の顔を見るたびに、何かに心打たれたように、いろんなものが溢れてくるんだ。だけど、どんな色を重ねても、僕は何か違うと感じてしまう。そうして、結局いじくった挙句に気づくんだ。素顔の彼女を超える化粧はできないって、ね。」
「ふうん・・・。妬けるわね。」
「さ。できたよ。」

鏡の中には、私が知らなかった自分がいる。
「すごいのね。私よりずっと私のこと、分かってるみたい。」

戻って来た姉が私の顔を見て微笑む。
「アキちゃん、すごく優しい顔。素敵よ。」

--

私と、姉夫婦のそんな幸福な日々は終わってしまった。

姉が信号無視の車に跳ねられてしまったから。

なんということだろう。なぜ、あんなに美しい人が、私より先に逝ってしまうのだろう。私は、どうしても、姉が死んでしまったことが受け入れられない。それは義兄も同じだった。目を見れば分かる。義兄の目は、いつも、姉の姿を探すようにさまよっていた。

--

ある夜。

義兄が、私の部屋に突然訪れた。

「どうしたの?」
「ごめんよ。こんな夜に。」
「いいけど。大丈夫?酔ってるのね。運転なんかしちゃ駄目じゃない。」
「頼みがある。」
「なに?私にできること?」
「彼女になってくれないか?」
「彼女って、お姉さんに?」
「ああ。」

義兄は、姉の着ていた服を取り出す。姉と私は、容姿は随分と違っていたけれど、体型はほぼ同じだった。

私は、うなずいた。

私は、義兄を男性として愛していたが、私はその時、姉の身代わりとして彼に抱かれることを決めた。姉は、死んでなお、そのような存在だった。私は姉の影として生きて来たのだから。

「化粧を。」
兄が、道具を並べる。

私は目を閉じる。

繊細な指が、私の顔をなぞり、長い時間が過ぎる。

「できた。」
目を開けると、そこには姉がいた。

「着替えて。」

私は、姉の服を着て、姉の好きだった香りをつける。

「おいで。やっと戻って来てくれたね。ハルカ。」

その時、私の体は、本当に姉のものだった。目の前の男の愛撫を、覚えている。男の指は私のあらゆる場所を知っていた。私も、男の体の特徴をほくろの位置までよく知っていて、唇でなぞる。

全てが終わって、化粧を落とすと、私は元の私の体を取り戻す。

「ありがとう。」
「ううん。私もお姉さんに会えたから。」

その日から、私と義兄の、歪んだ遊びが繰り返される。

私は、姉になって彼に抱かれる。

--

半年が過ぎた、夏の午後。

雷が鳴り響く不穏な天候の中、彼が、最初の日と同じように突然訪ねてくる。

「約束、今日だったかしら?」
「いや。違う。でも。いいかな。どうしても・・・。きみに会いたくて。」
「いいわよ。」

私は、いつものように椅子に掛け、化粧を待って目を閉じる。

「いや。今日は違うんだ。」
彼は、素顔の私に、いきなり口づける。

待って。

まだ、準備が。

私は、まだ、私のままで。目の前の男の愛撫に慣れていない。彼もぎこちなく、私の体を探す。

「ねえ。どうして?」
「分からない。」

だが、私も彼に応えて、気持ちが止められない。

外は、激しく雷が鳴っている。姉が、怒っているわ。私は、彼の勢いを体で受け止めながら、思った。

息遣い。触れる音。

雷は、夜更け過ぎに雨に変わった。私は、彼の腕でまどろみながら、姉が泣いている、と思った。

私は、一緒になって泣きながら、彼の腕の中で眠った。

--

雨は上がり、朝日がまぶしかった。

「いい天気だ。」
ブラインドを上げると、彼は、振り向いた。

私は、素顔を見られるのが恥ずかしくて、目を伏せた。

「きみをずっと愛していた。化粧でも隠し切れないきみの素顔をずっと。」
「私も。あなたを。ずっと・・・。」

許してくれたのね。

心の中で姉に話し掛ける。

あなたがいなければ私も彼と出会えなかったのよ。

窓の外で、木の葉の水滴が微笑み返すようにキラリと光った。


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