セクサロイドは眠らない

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2002年02月15日(金) 尚、解放してもらえず、男の力に翻弄される。くたびれた男だと思っていたのに、どこにこんなエネルギーがあるのだろう?

「ねえ。誕生日のプレゼント、何がいい?」
男が聞いてくる。

「そうねえ。去年と一緒でいいよ。少し多くして欲しいなあ。」
去年と一緒というのは、現金のことである。

「ううん・・・。今年は去年ほどには難しいのだがねえ。」
男は困惑している。

私は、わざと男に背を向けて拗ねたふりをしてみせる。大体、私の欲しがるものを与えられなくなったら、男と付き合う価値などどこにあろうか。現金など欲しがる女子大生なんてひどくみっともないものかもしれないが、男のやっていることのほうがもっと醜いから。私は、平気で欲しいものを要求してみせる。そんなつまらない要求すら愛と勘違いするほどに、男の生活は寂しいもののようだ。

「何とかしてみるよ。」
男は、わざとらしくため息をつき、服を着始めた。

たるんだ皮膚や、少し光沢のある頭皮が、物悲しそうだった。オフィスで見た時には、あんなに隙が無さそうだったのに。

--

私には、結婚を約束している一つ年上の恋人がいる。「ちゃんとパイロットになることができたら、結婚してあげる。」と、言い渡してある。

もう一人の男は、昨年夏にバイトした会社にいた部長という男だ。この男とは、もうすぐおしまいだ。誕生日にもらうものをもらったら、私は、男に「さようなら」を言って、留学してしまう予定だ。帰国する頃には、男は私のことをすっかりあきらめているだろうという寸法。

私は、自分の美貌を、欲しいものを手に入れるために使っているだけ。

--

電話があったのは、数日経ってからだった。

妙にはずんだ声で、「今日、逢えるかな?」と聞いて来た。

「いいけど。明日にしてくれる?」
「だって、今日がきみの誕生日じゃないか。」
「だって、今日は家で両親に祝ってもらうんですもの。」
「そうか。残念だな。じゃ、明日。」
「ええ。ごめんなさい。」

地位も家庭もある男が自分のために予定を合わせてくれる。そんなことが、私のプライドをくすぐるのだ。私は、携帯をしまうと、若い恋人との約束の場所に向かう。

--

「逢いたかったよ。」
中年の男は、オフィスでは決して見せないような気弱な顔で、私に微笑む。

「私もよ。」
私は、コートを脱ぎながら、男に抱きついてみせる。

男は、まず、ジュエリーの小箱を取り出し、私に渡す。

「お誕生日おめでとう。残りは、帰る前に渡すよ。」
「ありがとう。」

男がくれた指輪を、ホテルの薄暗い照明にかざしてみる。

「無理言ってごめんね。」
私は、小首をかしげて、甘えたような声を出して。

「いいんだよ。きみのわがままが嬉しいから。」
男は、私を抱き締める。

私は、なぜか、吐き気がする。今日で最後だから。もう少し我慢しよう。そう言い聞かせて、男のなすがままになる。

「きみが、最近、ちょっと僕のことを怒ってるんじゃないかって思ってね。」
「そんなこと、ないよ。」
「ならいいんだが。だから、今年は、もっと一緒にいる時間を取ろうと思うんだ。」
「無理しないで。ねえ。私、あなたのおうちのこと、全然考えてなくてわがまま言ってたから。気を付けるようにするわ。」
「いいんだ。僕の家のことは。」
「それにね。私、再来月からアメリカに行くのよ。留学するの。だから、もう。」
「なんだって?」
男は、いきなり、私の服を脱がせる手を止める。

「一人で行くのか?」
「ええ。もちろん。勉強が目的よ。」
「で、もう、僕とは終わりにしようと?」
「ええ。最初から、その約束だったじゃない。あなたはお仕事も家庭もあるし、私は、勉強しなくちゃ。」

男は、黙り込む。

それから、口を開く。

「行かさないよ。」
「そんな。無理言わないで。」
「無理じゃない。僕ら、愛し合ってるんだろう?」
「いいえ。愛じゃない。」
「きみは、愛というものが分かってないよ。」

私は体を引こうとするが、男はかまわず私の手首を引き寄せ、私の体を強く押さえる。

「僕が悪かったよ。きみに不自由な思いをさせたからね。」

いいえ。いいえ。

だけれども、私は、ふらふらになっても、尚、解放してもらえず、男の力に翻弄される。くたびれた中年男だと思っていたのに、どこにこんなエネルギーがあるのだろう?

私は、悲鳴をあげ、「助けて。」と言ったのを覚えている。

--

男が口移しで水を飲ませてくれる。

「ここは?」
「僕達の部屋だ。」
「仕事、行かなくていいの?」
「ああ。行かなくていいんだ。もう、ずっと一緒だ。」

私の手首は、ベッドに手錠で繋がれている。

「帰りたいわ。」
「ここが家だ。」

男は、やさしく私の髪をなで続ける。

与えても与えても、奪っても奪っても、尚、足らないと騒ぐ愛の傲慢。

男はとっくに食われてしまっていた。

私は、それを甘く見過ぎていた。

もう逃げる術はない、と、目を閉じる。


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