セクサロイドは眠らない
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2002年02月16日(土) |
「ねえ。セックスしたいわけじゃないの。」彼女は言った。「じゃあ、何がしたいの?」 |
僕は、そんな風な目的で作られた人形だった。
最初に、僕に作り主は言った。 「女性はみんな寂しいのだから。体ではなく、心を求めているのだから。心をなぐさめてあげなさい。」
心をなぐさめてあげるというのは、どういうことかよく分からなかったけれど、僕は黙ってうなずいた。それから、僕は、女性達のもとを訪れる。両手一杯の花束を抱えて。ドアを開ける彼女達の顔は、どことなく不安定で、僕みたいな人形を相手にすることに後ろめたさを抱いているのだった。
そんな彼女達のために僕ができることはただ一つ。
僕は、女性達のしゃべる言葉を大事に大事に取り扱った。彼女達の体を抱きながらも、彼女達から零れ落ちてくる言葉達を聞き逃さないように。これが大事。
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その彼女は、とても素敵なマンションに一人で住んでいた。僕が訪れる女性達の中では、誰よりも美しく、誰よりも金持ちで、誰よりも仕事が忙しそうだった。お金のかかった肌と髪。僕は、そんなものを素通りして、彼女の寂しい心のほうに注目していた。
「ねえ。私みたいな女性、たくさんいる?」 最初に会った時、彼女は自嘲気味に僕に訊ねた。
「あなたみたいな?」 「寂しい女よ。お金をかけた肌を、誰にも愛してもらえない女。」 「たくさんいますよ。でも、あなたほど美しい人はいないです。」 「私ほど寂しい女はいないってことね。」
彼女は、遠くを見ていた。
僕は、そっと手を伸ばす。
「ねえ。セックスしたいわけじゃないの。」 彼女は言った。
「じゃあ、何がしたいの?」 「愛がしたいのよ。」 「じゃあ、愛を。」 「あなたには無理よ。」 「どうして?」 「ねえ。あなたお人形でしょう?痛みって分からないでしょう?ここがズキズキするの。止まらないの。」
彼女は、僕の胸に手の平を当てる。
確かに、痛くはない。
痛みが分かるようになったら、愛ができるの?
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僕は、人間になりたいと思った。
痛みが分かるようになりたいと思った。
「すごく辛いことよ。」 と彼女は言うけれど。
僕は、一生懸命働いた。人間にしてもらうためには、お金がたくさん必要だった。
「しばらく、来られないよ。」 「本当に人間にしてもらうの?」 彼女は、目を丸くして、それから、ふふんと笑った。
「愛なんて、そんなにいいものではないのに。」 「それでもいいんだ。」 「じゃ、好きになさい。」
僕は、一年間、働いて働いて。人間よりずっと安い賃金で働いて。それで溜めたお金を持って、人形を人間にしてくれる場所に行った。
そこで、僕は、人間の肉体を手に入れた。
確かに、それは驚くべき辛さだった。飢えや寒さや疲労が、絶え間なく僕を襲う。
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僕は、花束を持って彼女に会いに行く。
そこで見たのは、マンションのドアのところで抱き合い、離れ難く何度も口づけを交わす恋人同士。
僕の胸に痛みが走る。
「これが、愛の痛み?」 僕は、胸を押さえて、彼女のマンションを後にし、路地のポリバケツに花束を突っ込む。
僕は、時折、彼女の様子を見に。
彼女は、いつも幸せそうで。彼女の幸せは、なぜか僕の胸に痛いのだ。
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それから、日々が流れ。
ある日、そこはもう、彼女の住まいではなくなった。彼女は、恋人にだまされてお金もマンションも失ったのだ。
僕は、彼女を探す。
彼女は、借金を返すために、自分の最後に売れるもの。肉体を売っていた。
僕は、彼女を指名した。
「どこかで会ったことがあるかしら?」 彼女は、僕に、商売の微笑みを投げかけた。あの頃ほど綺麗に手入れされていない髪が、もつれて顔に掛かっていた。
「多分ね。」 僕は、彼女が思い出してくれることを、あるいは思い出してくれないことを願った。
胸は、相変わらず痛い。
彼女は、黙って服を脱ぐと、下着の格好で僕の首にそっと手を回した。 「不思議ねえ。あなたとどこかで会ったことがあるわ。本当よ。」 「じゃあ、会ったことがあるんだ。」 「ヒントをくれないかしら?」
僕は、彼女の腕をそっと外した。
「セックスしたくないの?あたしじゃ、駄目?」 彼女は、急に不安げな顔になった。
「セックスはしたくないんだ。」 「困ったわね。お金はいただいちゃったのに。じゃあ、何をすれば?」 「座って、話を。」 「それだけ?」 「愛がしたい。」
僕は、僕の胸を押さえてみせた。
彼女は、しばらく僕を見つめ、それから、微笑んだ。
「痛いのね?」 「うん。」 「私と同じだわ。」
彼女は、胸にあてた僕の手を取ると、自分の胸に持って行った。
その瞬間、僕は、人間になれたことを感謝し、全ての苦痛さえもが喜びそのものだと感じた。
「ねえ、辛くない?」 彼女は訊ねる。
「辛いけど。辛いもののために、僕は、生きている。」 「そうね。辛いけれど、欲しくてたまらないの。ずっと探しているのよ。」 「僕の家に来る?小さな家だけど。少し休むといいよ。とても疲れているみたいだし。」 僕はおずおずと訊ね、彼女は黙って微笑んだ。
その部屋はきみのために用意したんだよ、とは言わないで。
痛む胸を抱えたまま、彼女を少し離れて見ているのがなんだか心地良いのだった。
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