セクサロイドは眠らない

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2002年02月13日(水) それから、海岸に車を止めて、窓の外で風が音を立てるのを聞きながら、暖房の効いた車内で抱き合う。

コンビニのバイトで知り合ったその人妻との関係は、もう一年になろうとしていた。

僕の部屋で髪を洗うのが癖だった。

ずっしりと重いその洗い髪は、一見おとなしい彼女の情念が溢れ出したように、黒くつややかだった。

まだ、髪が濡れた状態で、僕の背中からそっと手を回す。僕の体に濡れた髪がまとわりつく。言わない彼女の想いが、僕にまとわりつく。

「ねえ。今夜はずっと一緒にいたいわ。」
「それは無理なんだろう?」
「ええ。でも・・・。」

彼女の、いつも言いかけてやめる癖。

「ごめんね。わがまま言った。」
「わがまま言わなかった、だろう?」
「うん。」

髪の毛から、しずくが落ちる。海から上がった人魚みたいだ。海の底でずっと暮らしていたから、白い肌。

--

「ねえ。恋人いるの?」
ショートカットで浅黒い肌がエキゾチックな、その大学の同級生の女の子は、僕が学食でコーヒーを飲んでいる向かいに座って、聞いてくる。

「いない。」
「うっそ。」
「いないって。」
「夜、付き合い悪いって評判よ。」
「本当にいないんだ。」
「ふうん・・・。じゃ、今度、夜付き合ってくれない?」
「いいよ。」

何で嘘をついたりしたんだろう。

僕のせいじゃない。僕との関係を隠したがったのは、恋人のほうだ。僕は、恋人の都合にいつも合わせてきた。軽い反逆精神。

--

赤くしなやかな車は、彼女のイメージそのもので。

派手な音を立てて、僕の傍らに止まる。

「パパに買ってもらったの。」
「へえ・・・。」
僕は、気後れして、うまい返答ができない。

「お陰で、誰も男の子達が友達になってくれないの。つまんないプライドのせいでね。」
「乗り心地、いいね。」
「でしょう?」

彼女の運転が上手いのはすぐに分かったので、僕は安心してシートに身を預ける。

「一晩中、走りたいの。ずっと遠くにね。付き合ってくれる?」
「いいよ。」

僕達は、なめらかに走る車を楽しむことで一晩を過ごした。

--

「ねえ。昨日の夜、どこかに行ってた?」
「うん。」
「私、ずっと電話してたのよ。」
「たまには僕も同級生なんかとの付き合いがあるさ。」
「そうよね。うん。そうだわね。」
彼女は微笑んだ。

僕は、少し苛立った。

「なんだかね。あなたがいつもこの部屋で待ってくれてると思い込んでて。だから、あなたがいないのってちょっとびっくりするくらい、寂しかったし不安だったの。」
「何言ってんだよ?」
大袈裟に溜息をついてみせる。

「いつも、きみの旦那がいないわずかな時間だけここに来て慌しく帰っていく癖に、随分わがままなんだな。」
僕は、後ろめたさを隠すためにわざと怒ったような声で。

頭の中では、昨晩のドライブが思わず楽しかったことを思い返している。

「ごめんね。」
彼女は涙ぐむ。

「いいよ。」
僕は乱暴に背を向ける。

少し、重い。洗い髪が。彼女のしずくが。

--

「ねえ。私達、気が合うと思わない?」
同級生の彼女と、僕は、授業で出た話題について軽い議論を楽しみ、それから喫茶店でワッフルを齧る。

「そうかな?」
「ええ。すごく。」
「それに、あなた・・・。」
「ん?」
「セックスが上手よ。」
耳を赤らめ身を寄せて、彼女がささやく。

「そうかな。」
僕は笑う。

「うん。自信持っていいと思うよ。」
「年上の人妻に教わったんだ。」
「ええ?」
「冗談だよ。」
「なんだか、あなたってそういうところが不思議なのよね。ぱっと見た感じ、真面目そうなのに。」

僕らは、笑う。

それから、海岸に車を止めて、窓の外で風が音を立てるのを聞きながら、暖房の効いた車内で抱き合う。

--

「そういうこと?」
恋人はささやくように、うなずいた。

「だから、もう。」
「そう。そうね。会わないほうがいいわ。」
「ごめん。」
「ねえ。今晩だけ。ここに泊まっていっていい?」
「いいけど?家は大丈夫?」
「うん。最後だし。これきり、わがまま言わないから。」

きみは、一度だってわがままを言わなかった。僕はそれが寂しかった。

彼女は、夜、髪を洗う。

僕は、彼女の肌を、名残りを惜しんで抱く。

朝、目を覚ますと、一筋の髪の毛が僕の首に絡み付いていて、彼女はいない。

それっきり、もう、彼女から連絡はない。

最初からいなかったみたいに。泡となって消えたみたいに。

--

僕は、次第に息切れするようになった。

情熱的な新しい恋人の、場所を選ばず求めてくるセックスやら、奇抜なわがまま。

そうして、失った恋人の黒髪を思い出す。

「逢いたいよ。」
僕は、つぶやいてみる。

僕は、僕のした仕打ちに身震いして、彼女を思い出す。携帯電話の番号は、無効になっていた。彼女と僕の繋がりは、随分とはかないものだったのだ。

--

夜。

新しい恋人の誘いを断って、僕は、部屋でウトウトと。

気付くと、頬に、しずくを垂らして洗い髪。

「戻って来たんだ?」
「ええ。あなた、呼んだでしょう?」
「うん。」
「聞こえたの。」
「きみは、素直過ぎる。」
「他に何もとりえがないもの。」

彼女は、僕の胸に頭を預ける。

しっとりと濡れた髪が、僕の体にまとわりつく。

「どこに行ってたの?」
僕は、彼女の髪についた海藻を取り除きながら、訊ねる。


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