セクサロイドは眠らない
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2002年02月12日(火) |
「私もよ。ここにはいられない。だけど、だからって、あなたを愛さなくなったとは思わないで。」 |
そのドラゴンは、ずっと一人で、その火を守っていた。
火吹き竜族として生まれて、そこで、その火を守るのだけが、彼の重要な仕事だった。生まれた時から一人で、誰に教えられたわけでもないが、ドラゴンは知っていた。自分がここでその役割を担っていなかったら、世界が冷え切って終わりを迎えてしまうと。
ずっと一人だった。
だが、ずっと一人だったので、「寂しい」ということを知らなかった。
その勇敢な姫が、その暗い地底の奥深く、ドラゴンの棲家にやって来るまでは。
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金髪を無造作に切ったその姫は、少年のように元気いっぱいで、ドラゴンの棲家に飛び込んで来た。
「あんた、誰だい?」 ドラゴンは驚いて、問う。
「私?私は、世界を旅してるの。」 彼女は、それっきり、嬉しそうに火を眺めていた。
ドラゴンは、嬉しかった。ずっと一人っきりだったから、誰かとしゃべることがこんなに心震えることだと知らなかった。あんまり嬉しくて涙が出そうになった。おっと、涙が出ちゃ、大変だ。火が消えてしまう。そう思って、慌てて目をしばたいて涙を隠したから、きっと姫は知らなかっただろう。ドラゴンが嬉しく思っていること。
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夜毎、姫はドラゴンに、世界のあちらこちらの話を聞かせる。
「ここにいて、楽しいかい?」 ドラゴンは、心配になった。こんな暗くて深い場所で、火を守っていることしか知らないドラゴンは、自分が恥ずかしかった。
「楽しいわよ。火を見ていると、心が落ち着くわ。見て。一回も、同じ形にならないで、刻々と形を変えて行ってるよね。」 姫の美しいグリーンの瞳に、炎が踊っていた。
姫の美しい肌は、どんなに気を付けてもドラゴンの鱗で傷が付いてしまう。
「いいのよ。構わないで。抱いて。」 姫は、情熱的に、ドラゴンに寄り添った。
その肌は、傷がついて血が噴き出しても、怖れなかった。ドラゴンの吐息が、たまに姫の髪の毛の端を焼いても、姫は笑っていた。
こうやって、このままの姿で愛されて、ドラゴンは嬉しかった。
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丸一年が過ぎた。
「帰らなくちゃ。」 来た時と同じように元気に弾む声で、姫は言った。
ドラゴンは、驚いた。ずっとこのままの日々が続くと思っていたから。
「ここにはいられないのかい?」 「ええ。あなたと同じように、私も、自分の守るべき国があるの。それから、人々にあなたのことを伝えなくちゃ。」 「行くな。」 ドラゴンは、怒りのように熱い吐息をつきながら、言った。
「あなたがいらっしゃいよ。火の番人をやめて。世界は広くて楽しいわよ。」 「それは・・・。それはできない。」
どんなにか行きたかっただろう。
だが、それはできないのだ。
いっそ、火などなくなってしまえばいい。
と、我が身と、火を呪ってみせたけれども。
「私もよ。ここにはいられない。だけど、だからって、あなたを愛さなくなったとは思わないで。」
ドラゴンは、またしても、涙が出そうになった。だが、それはできない。と、こらえた。
姫は行ってしまった。
ドラゴンは、思い出すたび、自分が泣かなかったことを少し悔やむ。だが、泣くことすら許されないドラゴン。そんな自分を、姫は、少しでも心に留めておいてくれるだろうか。
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何年もの月日が過ぎ、ドラゴンは、思い出と共に過ごす。繰り返す後悔と一緒に。
火が、ドラゴンを慰める。
ある日、少年がやって来た。
あの人とそっくりな金髪の。オレンジに燃える瞳はドラゴンそっくりで。
「やあ。」 ドラゴンは、なるたけ、そっけなく声を掛けた。
「やあ。」 少年は、めずらしそうにドラゴンを眺めた。
「きみの母さんを知っているよ。」 少年が怖がってないか心配しながら。
「分かるよ。母さんが言ってたドラゴンそのものだ。すごいよ。」 少年は、怖がりなどしなかった。
興奮して、目をキラキラさせて。そんなところも、姫そっくりで。
「おいで。」 ドラゴンは、自分の爪が傷付けないように、そっと少年の頬を撫でた。
それから、二人で寄り添って座り、火を眺めて語り合った。 「あの人の話を聞かせてくれるかい?」 「母さんは、お城でみんなを集めて、歌を歌っているよ。旅した場所の歌。」 「今でも、勇敢かい?」 「うん。すごく。みんな、勇気付けられる。」
ドラゴンは、少し迷って、それから訊ねた。 「私のこと、何か言っていたかい?」 「うん。毎日のように。あなたのこと、言わなかった日はないよ。」
ドラゴンは、また、涙が出そうになった。
「母さんは、言ってたよ。やさしい心で、火を守り、出会った者を愛してくれるって。とっても涙もろいのが玉にきずだけど、って。」
ドラゴンは、嬉しくて大笑いした。
あんまり笑ったので、大地が揺れた。
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