セクサロイドは眠らない

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2002年02月01日(金) 「世の中は全て、数字に置き換えられるのよ。全ては、プラスとマイナス。数字と記号。公式による解決。感情すらも。」

「これ、交換してもらえるかしら?」
しなびた老婆が差し出した物は、自分の骨と皮だけの指。

私は、「あんたの話を聞かせてくれる?」と言った。「この指が、あんたにとって何を意味するのかを。」

私は、交換屋。交換可能なものなら、何と何でも交換する。

この指は?

あなたにとって、体から切り落とされた肉体の価値とは?

あなたに見えるこの指と、私から見えるこの指は、違って見えるかもしれないから。私は、老婆に問う。

老婆は、静かに口を開き、自分について語り始める。

--

ここに、ある少女がいたとしてください。少し厳しい両親に育てられて、家庭や学校という枠組みの中で、まじめに生きようとしていた少女を。

彼女は、一生懸命勉強をし、両親の望む大学に入りました。けれども、大学に通っているうちに、彼女は自分が進みたい方向が、大学で教えていることとは違うものだと気付きました。服飾の仕事に就きたいと思うようになったのです。

彼女は、両親に黙って大学を辞め、服飾の勉強を始めることにしました。

そのことを知った両親は激怒し、彼女を勘当してしまったのです。

そうして、彼女はその時から初めて、世間を独り、歩いて行くこととなりました。彼女は、生きて行くために、自分の手持ちのもの、やりたいこと、これらでどうやって暮らして行けるか、考えてみました。

やりたい勉強、欲しい洋服、必要なお金、勉強をするための時間、お金を稼ぐための時間。そうやって、手持ちの札を並べてみて、彼女は、自分の体を売ってお金をもらうことを思い付きました。彼女は、自分の手持ちの物のなかで、一番いい値段で売れるものを売って生きて行くことにしたのです。

「世の中は全て、数字に置き換えられるのよ。全ては、プラスとマイナス。数字と記号。公式による解決。感情すらも。」

それが、彼女の持論でした。

彼女の公式が正しいことは、彼女の肉体が順当に彼女の望むだけのお金を生み出すことによって証明されたのでした。

--

「それで?あんた、何が欲しい?」
私は、老婆に訊ねた。

「パンを。生きて行くための、ひとかけのパンを。」

私は、カビたパンをひとかけ取り出す。

「続きを。」

促されて、老婆はうなずき、しゃべり始める。

--

ある日のこと、彼女が依頼を受けた場所に出向いて行ったときのこと。

ドアを開けると、そこで彼女を迎えたのは、彼女のかつての高校の頃のクラスメートでした。

「驚いたな。ひさしぶり。」
彼は、彼女をまぶしそうに見つめると、そのまま、何も言えなくなったのでした。

「元気そうね。」
彼女は、笑いかけて、それから、少し心の中で何かが動きそうになるのを振り切るように服を脱ぎ始めました。

彼のせいだわ。

そんな目で見ないでちょうだい。高校生の頃も、私を見るあなたの瞳はそんなだった。

「ねえ、いらっしゃいよ。」
「駄目だ。僕には、きみは抱けないよ。」
「ちょっと、やめてちょうだい。これは仕事なのよ。」

彼女は、立ち上がってシャワーを浴びに行きました。

その間に、彼は、財布から出した紙幣をテーブルにそっと置いて出て行ったのです。

「やだ。なによ。どうして?」

彼女は、彼が置いて行った紙幣を見て、混乱し、腹を立てたのでした。

「ねえ。どういうこと?」

なぜでしょう。彼女は、途方もない屈辱の中で、震えて、その紙幣を握り締めていました。

彼女の公式が、望まれる解答を導かなかったのは、その時が初めてで。

彼女は、その時の、怒りのようなもの、混乱のようなもの、屈辱のようなもの。そんなものをないまぜに抱え込んだまま、その後の人生を生きて行くことになったのでした。

ねえ。彼は間違っていたわよね。そのことを、私がこれから証明してあげましょう。

そうやって、彼女は、それ以後も彼女の持ち物を売り続けたのでした。

--

「で?その彼女ってのが、あんたというわけだね。」
「はい。」
「その後、あんたはどうやって生きた?」

老婆は、黙って微笑み、相変わらず、切り落とされた指を差し出してくる。

「なるほど。」
私は、それを受け取り、カビたパンを投げ出す。

老婆は、それを急いでつかむと、交換所をそそくさと出て行った。

彼女の公式は、年老いた今も彼女の心を支配している。

そんな彼女には、分からなかっただろうけれど。

一つ言わせてもらえば、私は、彼女の指に対してパンを支払ったのではない。その悲しい物語に対して、パンを。本当は、カビたパンひとかけよりずっと重みのあるその悲しい物語を、私は、そのうちここにやってくるであろう三文小説家にでも売り飛ばす予定だ。


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