セクサロイドは眠らない
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2002年01月31日(木) |
人が見えるたった一握りのこと、手の平の中のものだけで満足ならば、絵に空色の絵の具を塗るだけで、全ては事足りてしまう。 |
仕事と称しても、尚、苦痛な時間。
何とかやり過ごして、帰宅する。
自分の父親のような年齢の男達の退屈な酒に付き合うだけで、自分が数時間のうちにあっという間に擦り切れてしまうのを感じる。これが仕事だと言い聞かせても、なんのなぐさめにもならない。
怒りのような苛立ちのようなものが、自分の体の中にいっぱいになって、夜遅く電話を掛けて来た恋人にさえ、声を荒げて応対してしまう。この男とも、そろそろ別れ時。男が、結婚していることが嫌なわけではない。むしろ、穏やかな声、きりそろえられた爪の広く優しい手、常に私を庇護する大人として接してくれた優秀な愛人、それらのことに感謝すればきりがない。だが、その男の背後にある、大人のいやらしさ、のようなものが急にクローズアップされたその瞬間、私は、どうしようもなく、彼とのことを終わりにしたくなったのだった。
彼に、別れる理由を何と説明しようか。
あなたの大人な部分がどうしようもなく嫌なの、とでも?
そのやさしさは計算されていて、私を傷付けないことは、同時に男自身を傷付けないことでもあった。そんな、バランスの取り方の上手さが、その夜、どうしようもなく嫌だったのだ。
昨日までは気付かないふりをして、そのやさしさに甘えることができていた。だが、今日は、もう駄目。彼の計算が見えた瞬間、私の恋は終わった。
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そこそこの規模の会社で、女性にしては稀なほど高い地位をもらい、あと足らない物は「愛」と言った具合。しかも、厄介なことに「愛」がなくては、自分がみるみるうちに水分を失った花のようにしおれて行くのを感じてしまう。
打ち合わせの席に来た、その日初めて見た、Webデザイナーと称する男の助手の青年に、私は、その日、触れてみたいと激しく思った。彼の危うさと同時に感じられる強さが、気に入った。
「十分ほど休憩を取りましょう。」 その合図で、煙草を吸いに男達が散ってしまった後、彼が一人残ったのを見計らって、私は電話番号を書いたメモを彼の手に滑りこませる。
その瞬間、私は恥ずかしかった。会社という、力関係が物を言う場所で、力のある女が男に何かを命ずるのは、本当に恥ずかしい。だが、その時声を掛けなければ後悔すると思った。
青年は、少し微笑んで、メモを素早くしまった。
その、三分ほどの間に交わされたことで、私は始まりを予感した。
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張りつめた美しい皮膚が私から離れたと思うと、 「ねえ、見てくれる?」 と、ベッドを降りて、彼は、何やら取り出したのであった。
「なんなの?」 「僕が描いたイラスト。」 「へえ。」 「今はさ、つまんない仕事してるけど、いつかは、僕、自分の名前で仕事が取れるようになりたいんだ。」 「素敵じゃない?」
その、どれもが、美しい景色のように見えて、それらの景色はよく見れば、どれも生命のようであった。空は悲しい顔をして大地を見ていたし、海は荒れ狂いながら何かを叫んでいた。
「人が見えないものが見えるのね。」 私は、彼が描いたものを返しながら、感想を言った。
「ずっと向こうにあるものを見てみたいんだよ。例えば、空や、海が大好きな人っていっぱいいるんだけどさ。みんな、青くて綺麗な空や海だけを見て、その広さに憧れてる。だけど、海は、深く潜れば暗くて恐ろしい。空だって、そうだ。青空が優しいなんて嘘だ。人が見えるたった一握りのこと、手の平の中のものだけで満足ならば、絵に空色の絵の具を塗るだけで、全ては事足りてしまう。」 「分かるわ。」 「みんな、どうして、たった少しのことだけ手に掴んで、それで喜べるんだろうな。」
彼の情熱は、私の胸を突いたし、そんな風に何かを語る男性とはしばらく会ってなかったので、私は幸福になる。
だが、私は、それを恋とは呼ばないようにしていた。恋人というより、愛人、というほうが相応しいだろう。私は、彼との将来の生活を夢見ない。きっと、彼もそうだ。私は、もう、恋に自分の生き方を振りまわされたくなかった。
選ぶのは、私。決めるのも、私。
そうやって、私自身、かつて私を抱いた男が知らず知らずにやっていたのと同じ計算を始めていたのに気付いていない。
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彼の腕で眠る。浅い眠りを繰り返し、私は、彼の傍で熟睡してしまわないように気をつける。
携帯電話が鳴っている。
彼が、私からそっと体を離すのを感じる。
彼、携帯電話なんか持たない主義じゃなかったかしら?
彼の声が聞こえる。約束した相手を安心させようとするような、柔らかな声で。いつもの、子供のような言いっぱなしの言い方ではなくて、抑制の効いた、大人の声。
私は眠っているふりをする。聞こえていないふりをする。私は、私の目に見える部分だけの、一握りの彼を愛しているのだから。
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好き勝手な方向に乱れた髪が、彼の顔に掛かって美しい。
あれから眠れなかった私は、早めに起きて朝食を作ろうとする。
そうやって握った包丁。
どうしようもなく力がこもる。
力が入りすぎて、手は、血を失って、みるみる白くなる。
おかしいわね。恋じゃないのに。私は何をしようとしているのだろう。
振り返れば彼の無防備な喉仏が上下している。
どうしても、そこから目が離せない。
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