セクサロイドは眠らない

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2002年01月30日(水) 「何が欲しい?何だったら、受け取ってくれる?」きみは、何が欲しいの?どうすれば、僕に気を留めてくれる?

ある時点から、僕は、彼女達に謝ることをやめてしまった。

最初のうち、僕は、それらのことに胸を痛め、嘘を吐き、笑顔でごまかそうとした。だが、ある時点で、そのことをあきらめることにしたのだ。それは、僕が決めたことではないと思うようにして、随分と気楽になった。

女の子達はなぜか、僕を見るとニッコリと笑い、それから、僕の手を取って、「行きましょう。」と言うのだ。

僕が、彼女の部屋を訪れると、彼女は食事を与えてくれて、服を脱ぐ。

僕は、そうやってただ、波に揺られて、どこに進むか分からない木の葉のように、あちらこちらへと漂って行く。

そうして、日々は過ぎ。

ある日、目の前の相手は、突然泣き始める。

「どうしたの?」
と、訊ねる。

「私のこと、嫌いになったの?」
「そんなことはない。好きだよ。」
「嘘吐き。」

そうだ。嘘吐きだ。その時には、僕はもう、他の女の子に手を取られており、その子に目を奪われている。

そういう宿命なのだ。女の子達が僕の元にやってくると、僕は愛さずにはいられない。だが、僕自身は、傷付くことに疲れて、とっくの昔に、傷付くのを放棄してしまった。

--

「ねえ。聞いてる?」

その眼鏡の女の子は、僕にしきりに話し掛けて来ていたのに、なぜか僕は気付かなかった。

「え?何?」
「あなたのお友達にね、この本を返してもらいたいの。」
「ああ。」

それから、僕は、いつもの癖で、女の子達にとってこの上なく魅惑的に見える微笑を浮かべて見せた。

彼女は、それに気付かない顔。

「あなたのこと、知ってるわ。」
「僕のこと?」
「有名だもの。」
「知らなかったな。悪い噂かい?」
「いいえ。でも、素晴らしくもないわね。女たらし。プレイボーイ。浮気性。」
「ひどいな。」
「名誉でしょう?」

彼女は、皮肉な顔で笑って見せる。そして、つぶやく。
「冬薔薇の、一年前の痛みかな。戯れのトゲ、触れる指先。」
「それ、何?」
「ね、お願いよ。必ず、彼に本を返して。」

彼女は、あっという間に去ってしまう。

そう。

さしずめ、雪の精のように。一瞬で、午後の陽射しに溶けたように思えた。

--

「あの子、誰さ。この本を返して来た女の子だよ。」
「大学の時の後輩だよ。」
「ただの?」
「ああ。」
「可愛い子だね。」
「そうかい?きみにとっちゃ、誰だって女の子は可愛いんだろう?」
「そうかもしれないけど。だけど、あの子は格別に可愛かった。」
「よせよ。」
「何が?」
「あの子に手を出すのは。」
「いやだな。そんな風に見えるか?」

僕は笑って見せるが、もう、心は彼女のことばかり。

あの子は、どうして僕に興味がなかったのかな。僕の笑顔は、もう効力を失ってしまったのだろうか?僕の魔法が効かなかったのは、あの子が初めてだ。

--

僕は、その時の同棲相手に、何となく訊ねてみる。
「この前、買ってあげたピアスは?」
「あ。あれ?ごめんね。失くしちゃったの。」
「ひどいな。」
「だって。あんな小さな物、すぐ失くしちゃうわ。」
「そうなんだ?」
「ごめん。本当にごめん。」
「いいけどさ。」
「だって、あなた、今までそんなこと一度も聞いてくれたことなかったのに。」

僕は、ぼんやりと考える。彼女、何が欲しいだろう?指輪だろうか。ピアスだろうか。靴だろうか。

--

彼女は、あきれた顔で、眼鏡のブリッジを押さえながら、僕の顔を見つめた。

「何が欲しい?何だったら、受け取ってくれる?」
僕は、しきりに彼女に訊ねていた。

きみは、何が欲しいの?どうすれば、僕に気を留めてくれる?

「何も要らないの。」
「指輪は?」
「いらないって。」
「ピアスは?」
僕は、彼女の耳の穴を、目で確かめてから、そう言った。

「どんなものでも、私の心は手に入らないわよ。だけど、そうね。ピアスなら、いいかもしれない。安い物でいいわ。失くしても、気付かない物にしてちょうだい。どこに行ったかも分からないものにしてちょうだい。簡単に買えて、簡単に忘れられるものにしてちょうだい。」

よく見れば、彼女は、眼鏡の奥に、涙を溜めていた。

「あの本で、最後だったの。」
彼女が、言う。

「最後?」
「彼に返すもの。彼が残して行ったもの。」
「そうだったのか。」
「もう、会う口実さえなくなっちゃった。」
彼女は、背を向けて歩き始める。

僕は、指がチクリと痛んだ気がして、指を唇にそっと持って行く。

戯れの恋が、知らぬ間に体の中でうずき始める。


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