セクサロイドは眠らない

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2002年01月26日(土) きみの唇を、首筋を、隅々を全て知っているよ、と、彼の指が慣れた動きでわたしの苛立つ肌をなだめるから。

「結婚、したいの。」
男の背中に向かってつぶやいてみる。

「僕らの関係じゃ、結婚なんて無理だろ。」
男は背を向けたまま、答える。

「離婚、するんでしょう?」
「ああ。いずれは、ね。だが、今すぐにはどうやったって結婚は無理だろう。」

ひた隠しにして来た関係は、どこまで行っても陽の当たる場所に出ないのだ。

暗い忌まわしい事件が私達を結びつけて、私達は、その暗い結び目を解けずにこうやって一緒にいる。

--

私が勤めている幼稚園で、園児が肩からカバンを掛けたまま滑り台を滑ろうとして、カバンが引っ掛かったため首を吊った状態になり、亡くなった事故があった。その子供の担任が私だった。私は、不注意から取り返しのつかないことが起こってしまったことを詫びに何度もその園児の家を訪れた。

そこで、亡くなった園児の父親である彼と会った。

「妻は、きみと会いたくないと言ってるんだよ。」
私が訪ねると、彼が対応するようになった。

「当然ですわ。私のせいで大事なお子さんを。」
「だが、きみを責めたって、もうあの子は帰って来ないのに。きみは充分に償った。あとは、僕らの責任だよ。あの子の死を受けとめていく作業は、僕らの仕事だ。」

子供の母親と勤め先から責められ続けくたくたになった神経に、その一言が柔らかく響いて、私は事故以来初めて泣いた。

--

「こんな仕事、もう嫌だわ。もうすぐ、年長児が卒園して行くわ。そうして、また、新しい子供達を迎える。その繰り返し。同じところを、グルグルと回り続けている気がする。そうして、どこにも行けないのよ。」

結婚。

ねえ。結婚したいよ。

「同じところを回っているように見えるけど、きっとそれは螺旋階段みたいに、少しずつきみをどこかに運んでくれる筈だよ。」
「だとしたら、その階段は下りの階段じゃないかしら。一年目は希望に満ちていたわ。二年目は、一年目よりいろんなことが上手くやれるようになった。でも、四年目には女ばかりの職場の揉め事にうんざりして。五年目で恋人と別れて。」

六年目で、一人の子を失って、その父親と寝るようになった。どんどん悪くなる。

早く、この、どこまでも沈んで行く階段から逃れたい。

「きみは、物事を悪く捉え過ぎだよ。」
「あなたは?」
「僕?前にも言っただろう。我が子を失ったことは、乗り越えて行かなくちゃいけない。だが、妻には無理なんだ。泣いてばかりで、少しおかしくなってしまった。悲しみを抱え込んで、そのせいでどこにも行けない。」

結局、男は妻と別れると言いながら、それはいつまで経っても実行されない。最初のうちこそ、男の言葉に希望を見出し、どこかに行けると信じて耳を傾けてきたのに、今やそれは、ぐずぐずと同じ場所にとどまるための方便だということが分かるようになって来た。

結婚したいの。

口にすれば、男はいら立つようになったから、私はその言葉を飲み込む。

「そんな風に結婚を焦るきみは、醜いよ。」
と、男が言うから。

そうして、「急がなくても僕らは大丈夫だよ。」と言いながら。

きみの唇を、首筋を、隅々を全て知っているよ、と、彼の指が慣れた動きでわたしの苛立つ肌をなだめるから。

結婚したいの。

私は、その言葉を飲み込むが、あの黒い固まりがまた体の奥で抑えられなくなるのではと怖くなる。

--

あの日、あの子はいきなり私に向かって言ったのだ。

「ねえ。先生。いきおくれる、ってなあに?」
「いきおくれる?」
「うん。僕のママが言ってた。先生のこと、行き遅れって。ねえ。どういう意味?」
子供の声は、しつこくまとわり付く。

あの時はどうにもならなかった。

黒い固まりが、急に体から噴き出すのを抑えられなかった。

気が付いたら、黄色いカバンの紐を握っていた。


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