セクサロイドは眠らない
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2002年01月24日(木) |
だって、きみが「抱いて」と言えば、こんなにも迷い、どうしていいか分からなくなる。 |
その少女に気付いたのは、ある日の満員電車の中だった。
某有名女子高校の制服を着た彼女が、しきりに身をよじらせているのを見て、ピンと来た。そばにいる中年を睨み付けて、耳元でささやいた。 「あんたの勤め先、知ってんだけどね。」
中年は、慌ててぎゅう詰めの人をかき分けてどこか行ってしまった。
電車を降りたところで、彼女が僕に声を掛けて来た。
「あの。ありがとうございます。」 「ああ。いいんだ。」 僕は、照れ臭くて、その場を早く離れようとした。
「待って。」 「ん?」 「携帯の番号とか、何か、あなたに連絡が取れる方法、教えてください。」
その、黒く長い睫毛が、僕に向かって揺らめいた。
「いいけど。」 僕は、ポケットから携帯を取り出した。
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日曜日の午後の遊園地。僕らは、ベンチに並んで座って、紙コップに入ったカフェオレを飲んでいる。
「僕みたいなおじさんといて、楽しいわけ?」 「うん。とっても。それに、あなた、おじさんじゃないわ。」 「もう、おじさんだよ。」 「ううん。そんなことない。少なくとも、こないだ、電車の中で私のお尻を触ってたみたいな変なオヤジじゃないもん。」 「そうか。」 「うん。」
目の前の子供の手を離れて、赤い風船が舞い上がって行く。僕らは、それを目で追いながら、会話する。
「ねえ。聞いてもいいですか?」 彼女は、うつむいて、顔に落ちてくるストレートの黒髪を引っ張りながら、僕に言う。
「何を?」 「結婚、してるんですか?」 「いや。してない。でも。」 「でも?」 「離婚した。」 「ふうん。」 「失望した?」 「ほっとした。」
彼女はふふっと小さく笑った。
安心、か。
一度も結婚してない男と、結婚してから離婚してしまった男じゃ、同じ独身であっても随分違うもんだということを、彼女はまだ知らない。
僕らは陽が暮れるまで、遊園地で乗り物にも乗らず、ただ、おしゃべりをしていた。
それが、僕らの初デート。
--
心のどこかで、分厚い壁ができていて、僕は、いつも彼女を子供扱いしたし、彼女はそのたびに膨れっ面をしていた。だが、それでも充分に楽しかった。僕は、彼女を大事にしたかった。もう、随分といろんな人間関係を駄目にして来たから、それ以上失敗したくなかったのだ。それに、彼女みたいな女の子との交際をどうすれば、自分自身に納得させられるのかも、思い付かなかった。僕なんかに、彼女と付き合う資格はない。
迷ってばかりの日々が続く。
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その日、制服姿の彼女は、どうしても帰りたがらず、僕は途方に暮れていた。もう、時計は午後の11時を回っていた。
「いい加減に帰りなさい。」 僕は、父親みたいな言い方で、彼女を説得しにかかった。
「一緒にいたいの。」 彼女は、すねたような口調で、そう言った。
「駄目だ。」 「どうして?」 「きみは、まだ高校生だ。」 「じゃ、卒業したら、もっといてくれるの?」 「多分。」 「それじゃ、いや。今、一緒にいたい。」
チラチラと舞っていた雪は雨に変わる。
「行こう。風邪をひくよ。」 「いや。」
そうやって、もみあっているうちに、僕らは、雨に降り込められてどうしようもなくなって、近くのラブホテルに飛び込む。
「濡れた服を乾かそう。」 僕は、服を脱ぎ始める。
「抱いて。」 彼女がポツリと言う。
僕は、首を振る。
「どうして?」 「まだ、駄目だ。」 「私のこと、嫌い?」 「そういうんじゃない。」
僕らは、背を向け合ったまま、服を脱いで、布団にもぐり込む。
「最後に恋愛したの、いつ?」 彼女が、急に訊ねる。
「さあ。いつだったかな。」 僕は、考えるが思い出せない。
最後に女を抱いたのは、半年前。仕事で知り合った人妻と、数ヶ月関係を続けて、そろそろヤバいかなと思った時点で、彼女と別れた。だが、それは、恋じゃない。
「今は?恋してる?私と。」 「多分。」
しているよ。だって、きみが「抱いて」と言えば、こんなにも迷い、どうしていいか分からなくなる。だが、それさえもうまく言えない。僕は、いつも、水溜りに足を突っ込まないように、用心深く歩く癖が付いてしまったから。
「それでも、抱いてくれないのね。」 「ああ。」
僕は、彼女の手をそっと握る。
「ごめんよ。もう、失敗したくないんだ。」 僕は、彼女に言い訳しているのか、自分に言い訳しているのか、分からない。
突然、布団を飛び出した彼女は、生乾きの服を着始める。
「どうした?」 「帰るの。」 「まだ、雨がひどい。」 「いいの。ここにいるよりずっとマシだもの。」
彼女は、僕の目を見て言う。
「大人になれば泣かずに済むと思ってたけど、それは強くなることじゃなくて、臆病になって行くことなんだって、あなたを見てて分かったの。」 彼女は、そう言い捨てて、部屋を出て行く。
彼女は、制服を脱いでしまえば、どこかの知らない女だった。その、怒りを帯びた目は、離婚した妻にも、半年前に別れた女にもそっくりだった。
だから、制服を脱がせたくなかったのだ。
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