セクサロイドは眠らない

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2002年01月18日(金) やさしい顔だけ見せていて欲しかったか。だが、この残忍さも、俺だ。どうして、この残忍さを見過ごして、俺を愛していたと言えるのだ?

百獣の王のライオンは、小説を書くライオンでもあった。

だが、しかし、小説を書くことは、他の動物達には秘密である。知られれば、王の威厳に傷がつくかもしれないと怖れているのだ。それくらいに、ライオンの書く小説はやさしく、胸を打つものであった。動物達の評判もまずまずだった。

そういうわけで、ライオンは二つの意味で孤独だった。一つは、強い者として動物達を統治する立場としての孤独、もう一つは、自分が書いた物について語り合えない孤独。

どちらも、逃れられない孤独として、ライオンは、その宿命の中で生きていた。

唯一、ライオンに仕えているキツネは、内密にライオンに頼まれて小説の出版を代行していたため、ライオンの心を多少なりとも垣間見ることはあったが、それでも、ライオンの孤独を100%理解することはできなかった。

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ある日、ライオンが木陰で昼寝をしていると、美しいウサギの娘が友人と通りかかった会話が耳に飛び込んで来た。ウサギの娘は、ライオンが書いた小説について、夢中でしゃべっていた。

「本当に素晴らしいの。私、あの小説を書いた人はとても孤独で、寂しさに苦しんでいるのだと思うわ。ああ。その寂しさを少しでも癒してあげられるものならば、私は、あの小説を書いた人のそばについていてあげたいの。」

ライオンは、飛びあがるほどに嬉かった。涙ぐんですら、いた。ライオンの孤独について語る言葉を聞いたのは、それが初めてだったから。

ライオンは、時をうかがい、ウサギの娘に姿を現した。

ウサギはびっくりしたようだが、ライオンが真剣なまなざしで姿を現した理由を語ると、黙ってうなずいた。そうして、その日から、強いライオンの後を追い掛けるように寄り添うウサギの姿が見られたが、動物達は何も言わなかった。それでも、草原の風に乗って、ライオンとウサギの噂話は、ライオン達の耳に入って来た。

--

ライオンは幸福だった。

ウサギは、やさしく、美しく、ライオンの孤独を理解しようとしてくれた。

「聞いてごらんなさいな。みんなが噂しているわよ。」
「私は、お前みたいに耳が良くないからな。どんな噂だ?教えておくれ。」
「恐ろしいライオンが、ウサギに骨抜きになってるって。失望している者すら、いるわ。」
「ははは。言わせておけ。」

ライオンは、ウサギに口づける。

ウサギは、もう、ライオンのするどい牙も怖くはない。

ウサギも、また、幸福だった。

強い者に守られている幸福。それから、誰かの孤独を癒しているという自己満足。

ウサギは、春の草原の中で跳ね回っているのが大好きだった。

--

だが、ライオンは、そのうち、病気のようにげっそりと痩せてしまった。

「どうなさったの?」
ウサギは、心配して訊ねる。

「どうしたのだろう。」
ライオンは、不安を振り払うように、答える。

風の声が聞こえる。

そんな暖かい草原で寝そべっていずに、崖っぷちで大声で吼えてごらん、と。

振り払っても振り払っても、しつこいくらいに、風は俺を誘ってくる。

そう言えば、最近は小説も書いていない。

一体、どうしてしまったのだ?

「ねえ、あなた、少しお疲れ?」
「馬鹿な。お前と、こうやって寝そべってばかりの私がどうして疲れるというのだ?」

ライオンがウサギに大声を出したのはその時が初めてで、ウサギは驚いてライオンを見つめる。ライオンは、そのウサギのおびえた目に何かを思い出せそうな気がした。

ウサギは、後ずさる。

ライオンは、ウサギの恐怖のせいで、忘れていた孤独を思い出す。

「そうだ。」
残忍な瞳が光る。

「どうなさるおつもり?」
ウサギの声は震える。

「私は、いつまでもここにいてはいけない。」
ライオンは、本来の自分に戻るためにも、憑りつかれたように、自分の体内からの声に耳を傾ける。

「あなた・・・。やっぱり、どんなにやさしい小説を書こうとも、本性は変わらないんだわ。」
「どんな本性だ?」
「残忍で、血を好む。」
「ほう。」

やさしい顔だけ見せていて欲しかったか。

だが、この残忍さも、俺だ。

どうして、この残忍さを見過ごして、俺を愛していたと言えるのだ?

「こっちにおいで。」
ライオンは、牙を剥いて、言う。ウサギはもう、身動きできない。

ライオンは、ウサギの首を、おさえる。首の骨の折れる音がして、赤い目の中に震えるものは動かなくなった。

ライオンは、ウサギを食らう。

ライオンは、体も心もすっかり飢えていた事に気付く。

残忍、とか、やさしさ、とか。って一体何なのだ?飢えを満たすために、動き続けるだけの話ではないか。それが生きるということだという、それだけだ。

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たまたまそこを通りかかったキツネには、ライオンがこの上なく悲しそうにも見えたし、この上なく幸福そうにも見えた。キツネは、何となく嬉しくなって、そのことを動物達に伝えに走った。


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