セクサロイドは眠らない

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2002年01月16日(水) 彼と会うと、忘れていた形の恋を思い出す。ああ。恋って、こんな色や匂いを持っていた、と思い出す。

いつになく酒量が多い私を見て、
「またぁ?」
と、馬鹿にしたように、娘が笑う。

「うるさい。あっち行きなさいっての。」
私は、少々乱暴に空になったグラスを満たす。

あと1時間したら、Kは仕事から帰ってくる筈だから電話をしよう。

私は、その1時間をやり過ごすために、更に酒を注ぐ。

「ママ、また、Kのとこ電話するつもりでしょ。」
「うるさい。」
「フラれた時だけ、Kのこと利用するの、やめたら。」
「う・る・さ・い。」

年頃の娘というのは、母親がどんな形であれ恋をするのが気に入らないらしい。

それにしても、なんでだろ。

なんでかなあ。

私は、あれからずっと、一人の男を忘れようとやっきになって。何年掛けて、こんなことになっちゃったんだろう。刻まれた恋は、消えるどころか、歳月によって、なお、深く鮮やかになって行く。

--

「何で泣くの?」
別れ際になると、グズグズ泣く私に、彼は、いつもそうやって困っていた。

「分かんない。」
私自身、なぜか分からないけれど、なんの不安もない筈の恋を泣いてばかりいた。多分、私は、いつか来るであろう二人の別れのために、泣いてばかりいた。

そんな予想は当たって、やっぱり、私達は別れた。

なんで別れたんだっけ。思い出せない。多分、私がいろんなことに耐えられなくなったのだと思う。

それから、私達は、友達になった。

本来、私の中では男女の関係に、「友達」なんて言葉が当てはまったためしがない。激しく愛し合うか、憎しみ合うか、存在すら忘れ去るか。

だけど、彼とは、「友達」でも何でもいい。何か、関係を示す言葉をつけて、私はホッと安心したのを覚えている。

私達が「友達」になってから数年して、彼は結婚した。更にその一年後に、私も結婚した。それから、彼は離婚して、私も離婚した。

悲しいけれど、彼の離婚に私が関与した部分はカケラもないし、私の離婚にも彼は無縁だ。

そうして再会した。

--

もう、お互いに、「好き。」だとも言いそびれて。お互いに他に恋人も作って。それでも、私達は、時折、一つのベッドで眠る。

彼と会うと、忘れていた形の恋を思い出す。ああ。恋って、こんな色や匂いを持っていた、と思い出す。彼と一緒にいると、彼がいる場所がとても懐かしくてしょうがなくなって、私は、やっぱり、別れ際に泣く。ここを手放したら、私は一生、こんな風に懐かしい場所を失ってしまう、という感じに。

「馬鹿だな。泣かなくてもいいじゃない。そういうとこ、ちっとも変わってないよね。」
Kが、笑って、手を握ってくれる。

「いつでも、電話してくればいいんだしさ。」
そう。彼はいつだって暖かく受け入れてくれる。

だけど、決して。「愛してる。」とか「結婚しよう。」とか、そんなことを言ってくれない男。

私は、彼の手のぬくもりを感じる。

彼は、世界だ。

手に入らないから悲しいのではなくて、いつかその世界は消えてしまわないかと、そんなことが悲しいのだ。

--

「ねー。ママー。」
「なによ。」
「ねえ、あたしのパパってどんな人よ。」
「もう忘れちゃったよ。」
本当に、忘れたいくらいつまんない男だったんだもの。でも、唯一、娘という贈り物をくれた男。

「まさか、Kじゃないんでしょー?」
「違うわよ。」
「じゃさ。私、Kと恋愛してもいいんだ?」
「駄目。絶対。そんなことしたら、あんたを殺す。」
「っわ。こわーい。冗談だって。ママって、かわいいの。」

娘が笑い出す。

心配しなくてもさ、私は、それなりに幸せだから。

ねえ。今のままで大丈夫だよ。

グラスが空になったら、今日は、電話もせずに。この歳で、年下の子との恋は随分と疲れたもの。そんな風に言い訳しながら、このままウトウトと居眠りをしてしまおう。

そうしたら、きっと娘が肩に毛布を掛けてくれるだろう。

それもいつものこと。


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