セクサロイドは眠らない
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2002年01月14日(月) |
「ねえ、あんたはどうして一緒に連れてってもらえなかったの?」と、犬に聞いてみるが、犬は、知らぬ顔。 |
男が、とうとう逃げてしまった。
私の知らないところへ。
ある日、訪ねて行くと、部屋はもぬけの殻で、彼の飼っていた室内犬が一匹、どうしたもんやらという顔でダラリと寝そべっていただけだった。
男は、本当に行ってしまった。
もう、帰って来ないつもりなのだ。追い掛けて来て欲しいなら、何かしら痕跡を残して行くものだが、そんなものは一切なかった。携帯電話も、持たずに行ったのだ。
そう。さんざん付きまとった。愛してよ、とせがんだ。だから、逃げ出すのは無理もなかったのかもしれない。
だが、本当のところは、逃げ出す筈がないとずっと信じていた。彼は、不器用な性質で、子供みたいだった。私にしか分からない繰り言を、私だけが聞かされていた。他の誰も、私のようには彼を理解できないと分かっていたから。
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仕方なく、その犬を連れて帰る。
考え様によっては、私のために捨てられてしまった犬。
お腹を空かせた犬は、帰りのホームセンターで買ったドッグフードをガツガツと食べ散らかす。マナーの悪さも飼い主の男そっくりだ。
あの日、彼が、友達にもらったと嬉しそうにその犬を見せてくれた時、私は、 「まったく、自分一人の世話もできない男が、どうやって犬の面倒を見られるって言うのよ?」 と、怒ったものだった。
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夜中に、犬がそっと私の布団の中に入ろうとするから、私は布団の端を持ち上げてやる。
甘え下手なくせに、一人が嫌いで、誰かに寄り添わずにいられなかった男にそっくりな、犬。
そう。
あの人の、そんな寂しがり屋のところを知っていたのは、私だけの筈だった。
今頃、どうしているんだろう?
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私は、仕事も休み、ぼんやりと過ごす。食事も、あまり欲しくない。
私がいないと駄目だと思っていたら、案外と平気で逃げて行ったのは男のほうで。こんな駄目男そのうち捨ててやる、と思っていたら、捨てられたのは私のほうで。
「ねえ、あんたはどうして一緒に連れてってもらえなかったの?」 と、犬に聞いてみるが、犬は、知らぬ顔。
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ハサミを取り出す。
大きくて、よく切れるハサミ。
私は、そのハサミで、犬を切ろうと思う。
「おいで。」 と呼ぶと、犬は、素直にやって来た。
ハサミの刃をキラリと光らせて、私は、犬の肛門からハサミを差し込む。
チョキチョキ。チョキチョキ。
犬の皮を、左右に2枚、ペロリと剥がす。
チョキチョキ。チョキチョキ。
犬の胃は、食べたばかりのドッグフードでいっぱいだ。
チョキチョキ。チョキチョキ。
犬の脳にハサミを入れる。
犬の記憶が絵巻物のように、広がる。
煙草の匂いのしみついた、指先が、餌入れを差し出して、犬の名前を呼ぶ。
その声に混ざって、女の声が。
指の記憶。男の指とは違う指が、犬の腹を撫でている。
チョキチョキ。チョキチョキ。
そう。そんな風に、女がいたのね。私以外に、あなたを理解してくれる女が。
私は、犬の記憶も切り刻む。細かく。細かく。
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もう、犬だけは目と鼻先だけになる。
犬は、クウンと鼻を鳴らす。
私は、その濡れた鼻に、自分の鼻を押し当てて、
「ごめんね。」
それから、チョキチョキ。チョキチョキ。
目も、鼻も切り刻む。
「あの人と一緒にいたのはとっても長い歳月だったのよ。だから、あの人なしでもやって行けるかどうか、知りたかったの。」
もう、切り刻むものは、何もない。
私の涙くらいしか。
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