セクサロイドは眠らない
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2002年01月10日(木) |
そう。それでいい。人間と比べたらあまりに異形なこの私は、悲しみよりも笑いに向いている。 |
私は、その目的のために作られた人形。
人形だからと言って、何が起こってもガラスの瞳であなたを見つめているだけではない。
たとえば、予想外のパラメータが与えられれば予想不可能な動作を起こす。
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その男が、黙ってナイロンでできた私の髪の毛を撫で、強く抱き締めた。そのことが私には分からなかった。一晩中、そうやって。それまで、私は、服を脱ぎ脚を開くことしかできなかったが、男はそれを望まなかった。その晩も、その次の晩も、そのまた次の晩も。男は、私を固く抱き締めた。
何も言わないで、ただじっと。
男は、そうやって明け方帰って行く。
「抱いて行かないの?」 私は、訊ねる。
「ああ。勘違いするから。砂漠の中で、あっという間に砂に埋もれてしまうみたいに、本当に大事なものはすぐに分からなくなるから。僕は、とても不器用なんだ。」 「そう。」
本当に大事なものってなあに、と聞くことができずに、私は男が帰って行くのを見送る。
ホントウニダイジナモノ・・・
ホントウニダイジナモノ・・・
私は、それを理解しようとするが、データ不足のため、解答を導く出すことができない。
それまでは、ただ、男達が部屋に来て、私は仕組まれた笑顔で出迎えて、彼らの望むことをしているだけで良かった。ある日、突然、私は、その男のせいで、「本当に大事なもの」になってみたくなった。
「妻を亡くしたんだ。」 男は、打ち明けるように、つぶやく。
「失くした後で分かるんだよな。彼女と一緒にいる時間が、かけがえなくて、大事なものだった、って。失くした後じゃ遅いのに。もっと、たくさんしゃべっておけば良かったって。なんでだろうな。取り返しのつかないことをしたって思うと、苦しくてしょうがない。」
どうやって、彼女は、そんなにもあなたの「大事なもの」になることができたの?
私は、彼に「愛」という言葉を教わる。
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私は、人間になりたかった。
人間のように愛されたかった。
私は、他の男を受け入れるのをやめた。
そのためだけに作られた人形は、その目的を果たさなくなったらスクラップ同然なのだ。
私は、もう、存在の意味などないのだろうか。
「誰かに愛されたら、それが生きて行く理由になるよ。」 耳元で、誰かが教えてくれた。
じゃあ、愛されなかったら?
その時は、本当に、ただのスクラップ。
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ある晩、男は、何かに気付いたように私の目を見つめる。ガラスの目を見つめる。
「おいで。」 と、声を掛けてくれる。
私は、名前を呼ばれた犬のように、彼の膝に頭を乗せる。
彼は、私の髪の毛を撫でながら、 「すまなかった。」 と、謝る。
「どうして?」 「あれほど、妻の死を後悔しながら、またしても僕は目の前の誰かを愛することを怠っていた。」
でも、私は、スクラップ同然の、ただの人形よ。
「変だな。お前は人間じゃないのに。この皮膚の下に血が流れているのが見えるんだよ。」
それから、男は、私を仰向けにして、そっと体重を掛けて来る。
男は微笑んでいた。
そう。それでいい。人間と比べたらあまりに異形なこの私は、悲しみよりも笑いに向いている。
こうやって、人間のように交わることを繰り返せば、それはいつしか、本物の「愛」なるのだろうか?
ピノキオのように、本物の人間になることができるのだろうか?
それとも、願い叶わず、人魚姫のように、海の泡となって消えて行くのだろうか?
うまくすれば、老人に寄り添って一生を終える犬くらいには、愛されるかもしれない。
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