セクサロイドは眠らない

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2002年01月09日(水) 酔ってしまえば、少しは楽に眠れるのにと思っても、体のどこもかしこも覚醒してしまって、少しも曖昧じゃいられない。

「雪が降って来たわ。早く帰んなきゃ、ここに閉じ込められちゃうわよ。」
店の女は、そう告げる。

雪か。

途端に、店から一歩も出たくなくなる。

「もう一杯もらえるかな?」
「飲み過ぎよ。」
「アル中なんだ。」
「ったく。どうして、世の中こんなにアル中が多いのかしらね。何が、ご不満?」
「好きな女がいたんだ。」
「で?」
「その女に電話しようと思って、毎晩、電話の受話器を取り上げる。急におじけづいて、ビールを一缶空けてからにしようと思いなおす。酒を飲めば、女に断られたって平気だって思えてな。」
「で、電話したら駄目だったって?」
「いや。そういう時に限って酔わないから、もう一缶、もう一缶。そのうち、ウィスキーのボトルを空けても酔わなくなる。」
「気付いたら、電話もしないうちにアル中になってたの?」
「ああ。」
「男って、全く。」
「そうだな。」
「女も一緒だけどね。」
店の女は、こちらの帰りたくない気持ちを察して、それ以上何も言わない。

雪が降っているから、酔えない。酔ってしまえば、少しは楽に眠れるのにと思っても、体のどこもかしこも覚醒してしまって、少しも曖昧じゃいられない。

--

肉の薄い、華奢な女だった。

手の先も、足の先も、どこもかしこも冷たくて、そのくせ抱くと、その体の中は驚くほど熱い女だった。

私達の息子も、彼女にそっくりだった。白い肌。茶色の細い髪。少しつり上がったような切れ長の目。薄い唇。

何も言わない女だったから、それに甘えて、私は家に帰らなくなった。女が嫌いだったわけじゃない。ただ、甘えてしまっていたのだ。

そうして、ある激しい雪の夜。

女は肺炎を起こしてあっけなく亡くなった。

部屋の中でじっとしているような女だったのに、どうして肺炎を起こしたりしたのだろう。

息子は、言う。

「ママ、パパが帰るのをじっと外で待っていたんだよ。僕、窓から見ていたもの。」

だが、実際には、彼女は外で雪に凍えてなくなったのではない筈なのだ。

「そのうち、雪が、ママを連れて行っちゃったんだ。」

息子の顔は無表情で、我が子ながらぞっとしたのを覚えている。

--

私が、息子の母親にと選んだ女は、前の女とは違って、色が浅黒く、手も、足も、大ぶりで。年中温かい手の平をしていた。息子のこともなにくれとなく可愛がってくれたが、息子は、どこかしら醒めた表情でそれを受けとめていた。

やさしい女だった。なつかない義理の息子に、毎晩歌を歌ってくれていた。

--

今年も、激しい雪が突如として降り始め、強風の中で狂ったようにぐるぐると舞っている。

「パパ!雪だよ。」
息子が叫ぶ。

「外に出たら駄目だ。ママだって、それで風邪をひいて、死んじゃったんだろう。」
私は、思わず息子を怒鳴る。

だが、息子は、玄関を開け放って外に飛び出した。

「待てよっ。」
追うが、間に合わない。

あたり一面が白くかすんでいる中に、小さな体が見えた。

近付こうとするが、吹雪が私と息子を隔てている。

その、雪の一片一片が、女の意志を持っていて息子を包み込もうとするように。

「パパ?パパ?ほら、ママだ。」
息子は、天に向かって両手を上げている。

近付こうとしても、視界がかすみ、そのうち、息子は雪の中に掻き消えてしまう。

--

雪にまみれ玄関で立ち尽くす私に、
「どうなさったの?」と、
色の黒いその女は、驚いて駆け寄る。

「息子は、溶けてしまった。熱い雪が。ここまで戻って来て息子を溶かしてしまったんだよ。」
私は、放心してつぶやく。

--

それから何年経っても。

あの日、雪が奪った何もかもが、もう二度と戻って来ない。冷たくて白い小さな指を思い出す。何もかもを包む温かい手の平さえ、あの瞬間、ひんやりとした氷を握ったように引っ込められた。

溶けてしまわぬうちに、どうして手を差し出してやらなかったのか。


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