セクサロイドは眠らない

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2002年01月08日(火) 彼は、それから重い扉を開けるように、口を開く。「あの頃、僕は、きみ以外の誰とでも寝ていた。」

理想の、完璧にして永遠な「一対」など、あるのだろうか。
そんなものが本当にはないのなら、なぜ、人は、運命などと名付けて、まだ見ぬ「その人」を求めてさまようのだろう。
そんな疑問が頭を離れない。

けれども、私の体は、そんな疑問を振り払うかのように、男を求める。

どこか、上の空で求める。

ほんの少しやさしい言葉があればいい。頭をなでてくれて、その時だけ、ぎゅっと抱き締めてくれる胸があればいい。その胸に顔をうずめるから、顔は見えなくていい。たった一握りの、それだけのやさしさと引き換えに、私は体を明け渡す。

私だって、最初からそんな風ではなかった筈だ。少しずつ、波が打ち寄せるたびに砂の城を削って行くように、「信じる心」を削られて、私は、そんな風に人生に折り合いをつけることを学んだ。

--

大学時代の恋人に出会ったのは、そんな「割りきり方」を覚えてしまって、そのやり方で当分は生きていける、そんな確信を持った頃だった。彼は、付き合っている頃、決して私を抱こうとしなかった。手を繋いでくれた。いつまでもおしゃべりしていた。泣いた時だけ、抱き締めておでこにキスをしてくれた。だけど、決して抱こうとしなかった。

「久しぶり。」
私が笑い掛けると、彼は、
「ああ・・・。」
と、照れたように笑った。

私は、彼の目を正面から見ることができるくらいに大人になっていた。

「結婚は?」
「まだだよ。」
「恋人は?」
「いない。きみは?」
「そうね。私も、特定の人はいないわ。」

以前なら息が詰まるほど苦しかった彼との逢瀬も、余裕で笑って見せることができるほどに、私は大人になったのだと思った。

居酒屋をニ軒も三軒もはしごして、二人ともべろべろになって。

彼は、
「うち、来る?」
と、そっと聞いて来た。

「うん。」
胸がドキリとする。

だが、やはり彼は私を抱こうとしなかった。

「ねえ、あの時・・・。」
「ん?」
「どうして私を抱いてくれなかったの?」
「さあ。どうしてだろう。」
「あの頃、みんな、もっと自由にセックスしてたわ。」

彼は、濃い酒をどんどんと流し込む。
「飲み過ぎよ。」
「中途半端に飲むのが一番良くないんだ。無責任な行動すら取れないくらいにたくさん飲んだほうがいいんだよ。」

彼は、それから重い扉を開けるように、口を開く。
「あの頃、僕は、きみ以外の誰とでも寝ていた。」

私は、激しく打ちのめされる。

「私のことはどうして抱いてくれなかったの?」
それは、悔しさとも、悲しさともつかなかった。

「どうしてなんだろう?きみとの関係があんまり大事だったから・・・。なんて、理由になるかな。」
「そうなの。それで?今は?」
「きみと別れてから、誰とでもは寝なくなった。」

彼は、更にグラスを空ける。

私は、彼を慰めるように、つぶやく。
「ねえ。大人になるって、もっと簡単だと思ってた。でも、随分と大変だよね。」

それから、私は、彼を誘うが、彼は私の手をそっと外す。

「ねえ。何を信じてるの?」
私は、彼がかたくなに信じているものを壊したくて、問う。

「私なんか、とっくに信じているものを奪われて、今では誰とでも寝るわ。」
「そうだな。何を信じているんだろう。でもさ。例えば、大人になることが、信じているものを一つ一つ壊されて、何も信じなくなることだとしても。逆に、何も信じていないって言い張ってる子供が、大人になってもどうしても捨てられずにいるものがあるって気付いた時に、さ。それを、信じる、と呼んでもいいんじゃないかなって思うわけ。」

そんなことに気付く前に、もう、とっくに、たくさんのものが壊れてしまった。

--

私は、寒い夜道を帰る。

手がかじかんでアパートの鍵がなかなか掴めない。

いきなり、私を背後から抱きすくめる男がいて、私は悲鳴をあげそうになる。

「お前のことがまた抱きたくてさあ。また遊ぼうよ。」
たしか、以前寝た男。もう、顔も忘れかけていた男が、乱暴に私の唇をふさごうとする。

いつもなら笑いながら、そんな男を受け入れていただろう。

だけど、今は。どうしたことか、私は男を押しのける。

その時、「やめろよ。」と声がする。

泥酔していたから部屋に置いて来た筈の男は、怖いくらいに私を見つめる。

私の目から、途端に涙が溢れ出す。涙なんて、そんなもの、随分と長い間流していなかった。もう、泣き方さえ忘れたと思っていた。

顔も忘れた男は、何やら捨てゼリフを吐いて去って行く。

私は、泣きじゃくる。泣きじゃくる。どうしても止まらない。

泣かないように笑い方を覚えようとして失敗した女の子のようにいつまでも泣いて。


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