セクサロイドは眠らない
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2002年01月07日(月) |
その芋虫を、そっと撫でながら、彼女はしゃべり続ける。それはぞっとするくらい気味悪くうごめいていた。 |
成長の過程で、誰しも、一時期憧れる女性に巡り会うのではないだろうか。
私にとって、一番、鮮烈な印象を与えたその人は、少し歳の離れた兄の奥さんとなったミチヨさんという人であった。
決して美人ではないのに、あふれんばかりの美しさがにじみ出ているような人に、私は初めて出会った。声が美しい人であった。たたずまいの正しい人であった。「凛とした」という言い方は、選ばれた人にしか使えない言葉であるだろうが、まさに、「凛とした」という言葉がぴったりくるような、そんな生き方をする人であった。
大学に行くために家を出ていた私は、帰省した時には、必ず、実家の近くに住む兄の家を訪ねて、彼女と、話しこんだ。大勢の兄弟姉妹の間で育ったという彼女は、姉らしく私にさまざまなアドバイスをしてくれて、私の深いツボの底でグズグズしているような性格を、ぐいっと押し上げてくれるのだ。
たとえば、ミチヨさんは、こんな話をしてくれた。
「私ね。あの人とお見合いで会ったのだけれど。顔がこんなでしょう。だから、彼も、最初はしぶったみたいでね。」 「ひどい。そんなことを、兄が?」 「そうなの。お義母さんにね、『写真よりひどい顔だったら、俺、断るからな。』なんて言ったらしいわ。」 「それで?」 「どこを気に入ってくださったんでしょうね。お見合いの別れ際にね、私が彼の乗った車を見えなくなるまで見送ってたのね。それが良かったとか、何とか、言ってたわ。」 ミチヨさんは、笑いながらお茶を煎れてくれた。
実際、彼女の容姿など、会った人はすぐ見えなくなってしまう。その内面の美しさが、容姿がどうであったかを忘れさせてしまうのだ。後には、彼女の暖かい声だけが耳に残る。
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それから、私はいつしか結婚し、子供を産む時を迎えた。私は、常にミチヨさんという女性を目標に、彼女に心のどこかで頼って来た気がする。
だが、いつしか、お互いに子育てに追われて、兄夫婦の家への出入りから遠ざかっていた、ある日。ふと、思い立って、ミチヨさんを訪ねる。
「あら、いらっしゃい。」 そう、この笑顔だ。
私は、安堵に包まれる。
「今日、ご主人は?」 と、聞かれて。 「ゴルフです。半分仕事みたいなものだけど、土日はいつもいないの。」 「そう、えらいわね。」 「何が?」 「お釈迦様が手の平で転がしているようなものね。」 「私が主人を?」 「ええ。えらいわ。あなた。」 「そんなこと。考えてもなかったです。」
それはそんなにえらいことなのだろうか。そのミチヨさんの声の寂しさに、私は、なぜか激しく驚く。兄は、のんびりとした性格で、それこそ、ミチヨさんというお釈迦様の手の平で機嫌良く居眠りしているような男なのだ。
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その頃からだろうか。
彼女と会うたびに、何かがどんどんと変わって行くように思い始めたのは。あるいは、私が大人になってしまって、夫婦とは、家族とは、そんな風に絵に描いたように正しく在るわけにはいかないと知ってしまったからかもしれない。
姑の愚痴。
子供へのしつけの厳しさ。
彼女の正しさが、彼女を苦悩させている。
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「お義姉さん?」 その日、甥の進学祝を持って訪ねた私は、放心する彼女に驚く。
「電話がね。ナンバーディスプレイに変えたのだけど。夜、向こうで泣き声がするの。きっと、あの人の浮気相手だわ。」
それから、疲れた目で、私に笑顔を作ろうとする。もはや、彼女は背筋を伸ばす元気もない。
彼女は、手の平に芋虫を載せていた。その芋虫を、そっと撫でながら、彼女はしゃべり続ける。それはぞっとするくらい気味悪くうごめいていた。
どこかで似たようなものを見たことがある。
それは、私の心にも、誰かの心にも、飼われている一匹。
だけど、彼女のそれは、とてつもなく大きく。
彼女が自らの刃で付けた傷から血を吸いとって、どんどんと膨れ上がって行くように見えたのだった。
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