セクサロイドは眠らない

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2001年12月30日(日) 「ねえ。再会ってねえ。不思議だと思わない?前よりずっと親しくなれる気がするのよね。どうしてかな。」

一週間の出張で、僕は、その小さな街を訪れる。

風が強く吹く街で、僕はコートの襟を立て、肩をすくめる。

すっと、僕のそばに止まった真っ赤なベンツの運転席のウィンドウが下りて、髪の長い女性が声を掛けて来た。

「・・・くん?」
「そうだけど。」
「久しぶりね。」
「誰かと思ったよ。」

美しく手入れされた髪が揺れる。大学時代の後輩の女の子だ。

「乗ってかない?」
「ああ。いいの?」
「ええ。」

僕は、暖かい車内で、息をつく。

「ひどい車でしょう?主人が選んだのよ。」
「結婚、したの?」
「うん。昨年ね。医者なのよ。随分と年上の。」
「そう。おめでとう。」
「ホテル、どこ?送って行くわ。」

彼女の運転技術は、女性にしてはなかなか大したものだった。

--

大学時代、彼女は僕の憧れの女性だった。実を言えば、コンパの帰り道、彼女と僕は、ほとんど恋人同士になれるという確信を持って、僕は彼女の肩を抱き寄せ、口づけた。

だが、「ごめんね。」と、彼女は、目をそらし、体をこわばらせた。

先月、サークルの先輩に告白されて付き合い始めたの、と、うつむいたまま説明する彼女を、僕は、そっと、力を入れないように抱き締めると、
「気にしないでいいよ。」
と、笑って、それからは無言で歩いて、彼女を部屋まで送り届けた。

--

タイミング、悪いよなあ。

僕は、そんなことを考えながら、ホテルのカフェで彼女と向かい合って座り、コーヒーを口にする。

「ねえ。いつまで、ここに?」
「一週間。仕事でね。」
「夜、ここに来てもいいかしら?」
彼女の目が艶っぽく光る。

僕は、黙ってうなずく。

そう。今なら分かる。あれから随分と大人になったからね。幸せな結婚。安定した生活。それらが手に入った後の退屈を埋める出来事を探している、美しい人妻の気持ちが。

--

「夜、家空けてていいの?」
「いいのよ。主人は、いつも遅いの。それより、ねえ。あなたはどうして、結婚しないの?」
「さあ。どうしてかなあ。いつもタイミングが悪い。遅刻する。今日だって。あの日だって。」
「それ、私のこと?」
「ああ。」
「ねえ。再会ってねえ。不思議だと思わない?前よりずっと親しくなれる気がするのよね。どうしてかな。」

ほんとうだ。どうしてだろう。

終わったと思っていた気持ちが、続いていたことに気付くのも、再会。

僕の腕の中で、彼女は、激しく喘ぐ。

「こんな表情をするなんて知らなかったな。」
「あなただからよ。あなたが私をこんな風にしちゃうのよ。」

暖かく庇護される事に慣れている女は、自分がそんなに乱れるほどに退屈していたことに気付いていない。

--

それから、毎夜。

失っていた歳月を埋めるように、僕達は抱き合う。

再会した者同士には、語る事がたくさんある。あの頃のこと。会わないでいた日々のこと。今、大人になって気付いた、たくさんのこと。

--

あっという間に、その日は来る。

「ねえ。本当に行っちゃうの?」
「ああ。」
「私は、どうなるの?この街に置き去り?」
「きみは、ここで幸せなんだろう?」
「いいえ。いいえ。今の結婚は全然幸せじゃなかったの。あなたに会って、分かったのよ。」

彼女は泣き出す。
「私のこと、愛してないの?この一週間、遊びだったの?」

僕は、黙って荷造りをする。

「きみと過ごせて、楽しかったよ。」

すすり泣く彼女を後にして、僕は部屋を出る。

最後のカードは、見せないままで。

いつか再会できる時まで、僕は、また、恋心を胸の奥に仕舞いこむ。

きみを連れて逃げ出すには、きみの赤いベンツは、この街であんまり目立ち過ぎだから。


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