セクサロイドは眠らない

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2001年12月29日(土) 波が無言で打ち寄せる。そうして、その声は、深い深い、暗い暗い場所から聞こえてくる。

朝、起きて一番に息子のところに行く。

昨晩はどうだったのだろう?

「起きられる?」
「うん。」

ふらふらと起き上がった息子のベッドの、血がついたシーツを剥ぎ取る。

アトピー性皮膚炎の息子は、小学生になってからますます症状がひどくなった。かゆみを抑える薬はどうも寝覚めが悪いので、あまり使いたくない。だが、夜中に何度も目覚めて血がでるまで皮膚をかきむしるせいで、息子は疲れ易く、いつも生気に欠ける顔をしている。

「さ、朝ご飯、食べてしまいなさい。」
「うん。」

息子の憂鬱な顔。彼ははっきりは言わないけれど、アトピーのことでいろいろ友人にからかわれているようなのだ。このまま冬休みに入ったら、また、新学期には「学校なんか行きたくない。」とごねるだろう。どうすればいいのかしら。

「いってらっしゃい。」
なるべく、明るい顔で送り出す。

私が作った除去食の弁当を持ち、無言で出て行く息子。

--

その病院を、そっと近所の奥さんから耳打ちされ、私はその言葉に飛びつく。ありとあらゆる病院に行った。高麗人参だって、紫蘇エキスだって試した。体の気を強める術を施す病院にも行った。お金ばかりがかかるが、一向に体の具合に変化はない。それどころか、少しずつ悪化しているようにも思える。

それでも、息子のためなら、どこにだって行く。なんだってする。

私は、新しく教わった病院の場所をメモに取り、息子が学校から帰るのを待って、早速その病院に向かった。

海に近い場所にある、マリンブルーの壁のその病院は、私達をそっけなく出迎えた。

--

「なるほど。」
その、のっぺりした顔の無表情な目の医師は、息子の顔をじっと眺める。

「じゃ、息子さんは、あちらで皮膚の状態を調べますからね。看護婦に付いて行ってください。おかあさんは、私と話をしましょう。」
「あの。で、どうなんですか?」
「まあ、そう、せっかちにならず。」
「ここは、その、どういった治療をするのでしょう?」
「そう厳しい治療は行いません。家に帰ったら、お薬を体に塗っていただくだけでいいですよ。」
「それだけですか?」
「できたら、海水療法と言ってですね。ここから近い場所に、冬でも海水に浸かれる設備があるので、そこに通っていただくと効果的です。毎日、バスが巡回してますから、送迎も不要ですし。」

私の不安そうな顔を見て、医師は、言う。
「大丈夫ですよ。」

それは、深い深いところから聞こえてくる声だった。

--

その翌日、息子は、朝まで目が覚めずにぐっすり眠れたと言う。

「そう?じゃ、あの病院でもらったお薬が良かったのね。」
少し表情が明るい息子を見て、私も、泣き出しそうに嬉しい。

「ねえ。ママ。今日、あの病院に泳ぎに行っていいかなあ。」
「今日?」
「うん。毎日やってるんだって。」
「そうねえ。今日は、塾でしょう?明日ならいいわ。」
「塾行かなきゃ駄目?」
「ええ。あなた、ちょっと、お勉強遅れてるでしょう?」
「分かったよ。じゃ、明日は泳ぎに行かせてね。」

--

その病院の、海水療法とやらを受けると、息子は、みるみるうちに良くなった。顔の赤味が消え、引っかき傷も減った。

「ねえ。リョウちゃん。」
「なに?」
「随分と良くなったから、そろそろ病院に泳ぎに行くのやめて、お勉強に力入れないと。」
「ええ。やだーっ。」
息子は、拗ねて膨れっ面をする。

「だめよ。冬休みは、塾の講座を受けなくちゃ。」

--

なぜだろう。急に、夜、悪化した。

ひーひー、と、かゆがって泣く息子を車に乗せて、慌てて病院まで運転する。

深夜、例の医師は、私と息子を、その感情のない目で見つめた。

「これはいけない。入院の手続きをしましょう。」
「なぜ、急に?」
「息子さんは、付いて行けないんですよ。進化にね。」
「進化?」
「おかあさんは、お引取りください。専門家が集中治療しますから。」
「でも。着替えを。」
「要りません。」

私は、病院から追い返される。

まんじりともしないまま、夜が更けて行く。

そう言えば、息子がいない夜を過ごすのは初めてだ。不安で眠れない。私は、一日を全部、息子のために使って来た。朝、起きて一番に給食を食べることができない息子のために弁当を作り、息子を送り出した後は、有機野菜などを使って、夕飯の支度をする。おやつも全て手作りで。そのおやつを食べさせた後、勉強の遅れを取り戻すために、塾まで連れて行く。その繰り返しだった。

今夜ばかりは息子がいないベッドがひんやりとそこにあるだけ。

--

翌朝、慌てて病院に駆けつけるが、そこには病院はない。

ただ、海が広がっている。

「リョウちゃん?」

波が無言で打ち寄せる。

「どこ行っちゃったの?」

建物があった痕跡すら、どこにもない。

全ての生き物は海から生まれたんですよ。だから、陸に上がれない者は海に帰ればいいんです。

その声は、深い深い、暗い暗い場所から聞こえてくる。

海で安らぐ者達の小さな嬌声も聞こえてくる。


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