セクサロイドは眠らない
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俺はさ、男の子だから
愛人業
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ねえ。寒くなったわねえ。ベアちゃん。
私は、もう、擦り切れてボロボロになった熊のぬいぐるみに話し掛ける。目のボタンだって、何度付け直したかしら。
ベアちゃん、私がお仕事行ってる間、寒くない?
私は、帰宅すると慌ててファンヒーターを点ける。冷えて、しんと静まった部屋で、ベアちゃんは、いつも一人で私を待っている。
こんな年齢にもなって、熊のぬいぐるみを抱いてしゃべってる女なんて、気持ち悪いでしょう?まったくおかしいわね。自分でも寂しい女だとは思うわ。だけど。ねえ、ベアちゃん。私、あの日からあなたと離れられない。
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あの日の光景は、今でも思い出す。ぞっとする。私は何が起こったかよく分からなくて、ベアちゃんを抱いて立ち尽くしていた。大人達が何人か集まっていた。ひそひそ声が響く。「可哀想にねえ。」「うちは無理よ。」「これからどうすれば。」「まったく、困ったことしてくれたわねえ。」
私は、ベアちゃんをしっかりと抱き締めた。
泣いちゃ、駄目だ。
泣いたら、もう、パパもママも、本当に帰って来なくなるから。
そう思って、必死で目に力を入れていた。
それから、私は叔母のところで暮らした。しばらくして、ようやく事情が飲みこめた。恋人と駆け落ちしてしまった母と、母を捜しながら私を育てることに疲れて首を吊ってしまった父。
あの日、私は、私を守ってくれる筈の父を失って、一人立ち尽くしていたのだ。
パパは、私に、「ママは帰って来るから。」と言い聞かせていた。泣いたら、駄目だ。泣いたら、ママは本当に帰って来なくなっちゃうよ。パパはそう言って、うるさいくらい繰り返した。あれは、私ではなくて自分に言い聞かせていたのだ。私が泣くと、自分も泣かずにはいられないから。だから、絶対に泣くなよ、と。必死で、私に、そして自分に、そう言い聞かせていたのだ。
私は、ベアちゃんと二人きりになった。ベアちゃんは、ママが、私にコートを作ってくれた余り布から出来た。私は、コートより、ベアちゃんが大好きで。
ベアちゃん、どこにもいかないで。
と、叔母の家の冷たい布団で固く抱き締めた。
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今日も、仕事のためにすっかり帰宅が遅くなった。
「ベアちゃん、寒かったね。ごめんね。一人にして。ねえ。パパ、欲しい?もうすぐパパが来てくれて、ママと三人で暮らせるわ。それまで、一人で辛抱してね。」
私は、物言わぬ、色褪せた熊のぬいぐるみに話し続ける。
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「ねえ。昔のほうが良かったなんて思うこと、ある?」 私は、ベッドで、何の拍子だったか、男に訊ねた。
「ああ。あの頃は、指があったからなあ。」 男は、バイクでの転倒で、指を三本失っていた。私は、男も、男の欠けた指も好きだった。
男は私のことが好きではなかったのだ。私がさばけた女だと思ったから、寝たのだ。ただ、それだけ。ふとしたきっかけで知り合って、誘い合わせて、私と友達と彼の三人で遊びに行って、帰って来た。あの日、男は、私の友達を紹介してくれと言った。私は、「彼女、恋人がいるのよ。」と答えながら、悲しい気持ちで彼の失望する顔を見つめていた。それから、彼は、私を抱いた。
そんな風にして始まって、それはもう、行きつくところまで来てしまったのだ。もともと、それは、ひと頃テーマパークで流行った巨大迷路のように、行き先はぐるぐると同じところばかりで、彼の背中や、頭が、チラリチラリと見えるのを、私はやみくもに追い掛けていただけだった。彼は、背中しか見せなかったし、その背中さえ、今は随分と遠くにある。
「もう、やめような。こんなの。」 彼は、服を着ながら言う。
「ん。」 私は、泣かない。絶対に。
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「ねえ。ベアちゃん、喜んで。パパが来てくれたのよ。神様からのプレゼントかしらね。ベアちゃん、もう一人じゃないわよ。ママがお仕事に行ってる間は、パパがいてくれるから。」
私は、くたくたになって、冷えた部屋の中で仰向けになる。体は震え、歯の根は合わない。
「ねえ。ベアちゃん。今度のパパが駄目になったら、また次のパパが来てくれるから。怖くないから。一人にならないから。ね。泣かないで。泣かないで。」
あの日、パパが私に言い聞かせたのと同じように、私は必死で熊のぬいぐるみに言い聞かせる。
男の屍は、そのうち悪臭を放つだろう。それまで、ベアちゃんのパパでいて。
ねえ。
もう、一人にしないから。ベアちゃん。
私は、そうして、その時初めて泣く。泣かなくたって、どっちにしたって、最初から誰も私のそばにいなかったのに。あの日から、ずっと私はガラス玉のように目をこらして、誰かを待っていた。
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