セクサロイドは眠らない

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2001年12月17日(月) それから、私は、快楽、という言葉の意味を知る。恋という魔法が、悲しみの果実を手に取らせる。

私は、蜘蛛で。

男達が甘い香りに誘われてやって来る。私は、男達と交わる。それから、食べる。

なんということはない。ただ、それが生きるということだから。

男達は、みな、恍惚とした表情で私に食べられる。私は、何も感じない。ただ、生きる。

こうやって、命を食らい、何十年も、何百年も、何千年も生きて来た。

--

その人間の男に出会った時、私は、散歩をしていた。私は、暖かい陽射しの中をのんびり歩いていた。そこに急に鳥が下降して来た。

食べられる。

と、思った瞬間、男の手の平にいた。男は、私をそっと葉の上に載せると、「気を付けてお行き。」と言った。

優しい声だった。その瞬間に、私は、恋をした。今まで恋というものをしたことがないが、多分これが恋というものだ。誰かの存在が、特別なものに変わる。

--

私は、人間に姿を変えて、男のもとを訪ねる。何千年も生きた蜘蛛には、それくらいの力はあるのだ。

「誰?」
「昼間、あなたに助けられた蜘蛛ですわ。」
「驚いたな。」
「入れてくださる?」
「ああ。」

彼は、それでも、私を気持ち悪がったりしなかった。道端の蜘蛛に対してさえ、人間に話し掛けるように優しく話し掛けることができる男だ。

「で?蜘蛛がどうしてここに。」
「あなたに恋をしたから。」

男は困惑して、私を見つめる。

それでも、私は、自分の熱情が抑えられない。私は、美しい。彼も、私の美しさには抗えない筈だ。

「行けと言われたら、行きますわ。ここにいろと言われたら、あなたにお仕えします。全ては、あなたの思うとおりに。」

私は、男をじっとも見つめる。男も、私を見つめ返す。

「おいで。」
男は手を伸ばす。

私は、男に身体を預ける。暖かくて、力強い。

男は私を抱き締める。私の体に唇を這わせながら訊ねる。
「全てが終わったら、俺を食うのか?」
「いいえ。いいえ。あなたに恋をしています。」

だが、恋している者の浮かされたような言葉にどれだけの真実があるだろう。

それから、私は、快楽、という言葉の意味を知る。生きるための交わりとは異なる、少し悲しみに似たその行為に身を委ねる。恋という魔法が、悲しみの果実を手に取らせる。

--

私は、男のために子供を生んだ。たくさんの。どの子も、男に似て元気で、黒い髪、黒目がちの瞳は、私にそっくり。

私は、男と一緒に家庭を作って幸せだった。

私は、ゆっくりと老いて行った。蜘蛛だった頃は、老いを知らなかった。私は、ただ、生命が定められたように生きていた。今は、違う。私は、自分の生きるべき道を選び取り、幸せになろうとしている。

子供達は、大きくなり、次々と家を出て行った。

それから、私達夫婦は、二人きりになった。出会った時と同じように、男と、私と、二人だけ。

「ねえ。あなた。」
「ああ?」
男は、すっかり怠惰になっていた。それが老いるということなのだろうか?

私は、子を育て、役割は終わってしまったのだろうか。

私は、急に悲しくなる。

それから、脇の下がむずむずとするのを感じる。左右から二本ずつの黒いつややかな腕が伸びる。私は、巨大な蜘蛛になって、男にかぶさる。

男は、ドロリと曇った目で、私をぼんやりと見つめる。

男の目を見ても、私は何も感じない。全ての役割が終わった男を、静かに食らう。男は、恍惚とした表情で、それを受け入れる。

人間の時は、いろんなことを考えていた。人がなぜ生きるのか、とか、そんなことを。だけど、もう何も考えない。

--

それから、家を出て、巣を張る。

私はひどく飢えている。再び、捕獲する。交わる。食らう。この繰り返し。

過ぎたことは、何も思い出されない。


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