セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2001年12月15日(土) 私でも分かるのよ。人形でも、分かるのよ。でも、あなた、うらやましいわ。思い出があるのですもの。

この街に戻って来たのは、もう、二十年ぶりだ。随分と変わってしまっている。道行く人も。家並みも。

だが、その場所は、全く変わっていなかった。入り口で鍵を受け取ると、きしむ階段を上がり、僕はその部屋を訪ねる。同じ部屋で、その女は待っているはずだ。多分、まだ、そこで。

鍵を開けると、その女は、やはりそこにいた。

赤い髪、目尻のホクロ、安っぽい部屋に漂う煙草の匂い。

何もかもが変わらないまま。

「誰?」
「僕だよ。」
「知らないわ。」

そこで初めて気付く。

彼女は、彼女じゃない。精巧に作られた、彼女そっくりの人形だ。ハスキーな声も、気だるいしぐさもそっくりだけれど、彼女は本物じゃない。

「彼女は、どこだ?」
「あの人?あの人なら、もう亡くなったわ。三年前よ。煙草の吸い過ぎで、胸を悪くしてね。」

何ということだろう。ようやく戻って来たのに。

僕は、愕然とする。

「あなたも、あの人を訪ねて来たのね。」
人形は、煙草の煙を吐き出しながら、微笑む。

「ああ。そうだ。」
僕は、がっくりとベッドに腰をおろす。

「何人か、あの人を訪ねて来た人がいたわ。あなたみたいに。でも、あなたは若いわ。あの人達に比べて。」
「で、きみが彼女の代わりに?」
「ええ。彼女、人気だったのね。オーナーが、私をそっくりに作らせたのよ。近頃じゃ、生身の女は高くつくものね。」

人形は、グラスに酒を注ぐ。

「ねえ。あの人に何か用だったの?」
「持って来たんだ。ずっと彼女が欲しがっていたもの。」
「見せてもらっていい?」
「ああ。」

僕は、大事に抱えてきたものを取り出す。

「これ、何?」
「花の種だよ。彼女の生まれた村でだけ取れる花。貧しい村で、娘達は、花をすりつぶして、その美しい香りの汁を体に擦り込む。彼女は、その花を、その香りを、ずっと恋しがっていた。」
「なかなか手に入らないの?」
「そうだ。二十年。ずっと探していたんだよ。オークションでやっと見つけたのに。純粋な植物の種はもう滅多に手に入らないから、僕はひと財産はたいてしまった。」
「ねえ。この種。もし良かったら私もらってもいい?」
「ああ。彼女にそっくりなきみがもらってくれるなら、それもいいかもしれない。」

人形は、嬉しそうに、種の入ったカプセルを眺める。

「ねえ。あなた、笑うかもしれないけど、私、花を育てるのは好きなのよ。変でしょう?人形が花を育てるなんてさ。」

最近の人形は、人間みたいに笑うんだな。

「ありがとう。大事にするわ。」

僕は、苦い酒を飲みながら、この部屋で過ごした時間のことを考える。あの頃、この部屋は、もっと広くて、キャンディの入ったビンや、外国のファッション誌があった気がする。知らぬ間に二十年が過ぎてしまった。彼女のための探し物をするより彼女に会いに来てやったほうが、彼女は喜んだだろうか?でも、男ってそういうところ、あるよな。彼女の探し物を見つけて、誉めて欲しかった。

「ねえ、時間は、まだたっぷりあるわ。私を抱いて行く?」
「そういうんじゃないんだ。」

だけど、お願いがあるんだ。

僕は、ベッドの端に腰を下ろした人形の膝に、そっと頭を乗せる。

「仕事だから、ここにはあんまり来ちゃいけないって言われてた。だけど、あんまりママが恋しい時は、ママが仕事を終えるまで待ってたんだ。明け方、部屋に入れてもらって、おしゃべりしたり、歌を歌ってもらったり。でも、僕は、いつだって疲れて寝ちゃうんだ。あんなに、いろいろとおしゃべりしようと思ってても、安心したら、眠くなっちゃってた。」

人形は、僕の頭をやさしく撫でる。

「ねえ。朝までこうやっていてくれないか。」
「ええ。いいわ。そういうの、私でも分かるのよ。人形でも、分かるのよ。でも、あなた、うらやましいわ。思い出があるのですもの。」

人形は、低い声で歌を歌う。

僕は、膝の上でまどろみ、子供の頃の夢を見る。花の香りが漂っている。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ