セクサロイドは眠らない
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2001年12月15日(土) |
私でも分かるのよ。人形でも、分かるのよ。でも、あなた、うらやましいわ。思い出があるのですもの。 |
この街に戻って来たのは、もう、二十年ぶりだ。随分と変わってしまっている。道行く人も。家並みも。
だが、その場所は、全く変わっていなかった。入り口で鍵を受け取ると、きしむ階段を上がり、僕はその部屋を訪ねる。同じ部屋で、その女は待っているはずだ。多分、まだ、そこで。
鍵を開けると、その女は、やはりそこにいた。
赤い髪、目尻のホクロ、安っぽい部屋に漂う煙草の匂い。
何もかもが変わらないまま。
「誰?」 「僕だよ。」 「知らないわ。」
そこで初めて気付く。
彼女は、彼女じゃない。精巧に作られた、彼女そっくりの人形だ。ハスキーな声も、気だるいしぐさもそっくりだけれど、彼女は本物じゃない。
「彼女は、どこだ?」 「あの人?あの人なら、もう亡くなったわ。三年前よ。煙草の吸い過ぎで、胸を悪くしてね。」
何ということだろう。ようやく戻って来たのに。
僕は、愕然とする。
「あなたも、あの人を訪ねて来たのね。」 人形は、煙草の煙を吐き出しながら、微笑む。
「ああ。そうだ。」 僕は、がっくりとベッドに腰をおろす。
「何人か、あの人を訪ねて来た人がいたわ。あなたみたいに。でも、あなたは若いわ。あの人達に比べて。」 「で、きみが彼女の代わりに?」 「ええ。彼女、人気だったのね。オーナーが、私をそっくりに作らせたのよ。近頃じゃ、生身の女は高くつくものね。」
人形は、グラスに酒を注ぐ。
「ねえ。あの人に何か用だったの?」 「持って来たんだ。ずっと彼女が欲しがっていたもの。」 「見せてもらっていい?」 「ああ。」
僕は、大事に抱えてきたものを取り出す。
「これ、何?」 「花の種だよ。彼女の生まれた村でだけ取れる花。貧しい村で、娘達は、花をすりつぶして、その美しい香りの汁を体に擦り込む。彼女は、その花を、その香りを、ずっと恋しがっていた。」 「なかなか手に入らないの?」 「そうだ。二十年。ずっと探していたんだよ。オークションでやっと見つけたのに。純粋な植物の種はもう滅多に手に入らないから、僕はひと財産はたいてしまった。」 「ねえ。この種。もし良かったら私もらってもいい?」 「ああ。彼女にそっくりなきみがもらってくれるなら、それもいいかもしれない。」
人形は、嬉しそうに、種の入ったカプセルを眺める。
「ねえ。あなた、笑うかもしれないけど、私、花を育てるのは好きなのよ。変でしょう?人形が花を育てるなんてさ。」
最近の人形は、人間みたいに笑うんだな。
「ありがとう。大事にするわ。」
僕は、苦い酒を飲みながら、この部屋で過ごした時間のことを考える。あの頃、この部屋は、もっと広くて、キャンディの入ったビンや、外国のファッション誌があった気がする。知らぬ間に二十年が過ぎてしまった。彼女のための探し物をするより彼女に会いに来てやったほうが、彼女は喜んだだろうか?でも、男ってそういうところ、あるよな。彼女の探し物を見つけて、誉めて欲しかった。
「ねえ、時間は、まだたっぷりあるわ。私を抱いて行く?」 「そういうんじゃないんだ。」
だけど、お願いがあるんだ。
僕は、ベッドの端に腰を下ろした人形の膝に、そっと頭を乗せる。
「仕事だから、ここにはあんまり来ちゃいけないって言われてた。だけど、あんまりママが恋しい時は、ママが仕事を終えるまで待ってたんだ。明け方、部屋に入れてもらって、おしゃべりしたり、歌を歌ってもらったり。でも、僕は、いつだって疲れて寝ちゃうんだ。あんなに、いろいろとおしゃべりしようと思ってても、安心したら、眠くなっちゃってた。」
人形は、僕の頭をやさしく撫でる。
「ねえ。朝までこうやっていてくれないか。」 「ええ。いいわ。そういうの、私でも分かるのよ。人形でも、分かるのよ。でも、あなた、うらやましいわ。思い出があるのですもの。」
人形は、低い声で歌を歌う。
僕は、膝の上でまどろみ、子供の頃の夢を見る。花の香りが漂っている。
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