セクサロイドは眠らない

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2001年12月14日(金) 彼女が泣き止んだところで、僕は彼女の体に手を伸ばし、いつものように彼女の体を感じようとした。

僕と彼女は、確か、僕の記憶によれば一度も恋人同士になったことがない。

だが、僕が彼女と寝るようになって、もう何年が経っただろう。

最近じゃ、そういう関係をセックスフレンドと呼んだりするみたいだけど、そういう言葉は似合わない。何ていうんだろ。もっと、親密で、温かくて、皮膚にしっくりするような。

僕と彼女は、恋人同士ではない。それぞれに恋人がいた時期もあったし、彼女に至っては1年半ほどの結婚生活も経験している。その間も、僕達は寝ていた。だけど、僕にも、彼女にも、決まったパートナーがいない時でさえ、僕達は恋人同士になったことがなかった。どうしてかと聞かれたら、どう答えようか。ちゃんとした恋人になるタイミングを失ったからとしか言いようがない。随分と身勝手な希望だけれども、僕は、彼女と、一生このままの関係を続けていたいとさえ思っている。

--

彼女は、間違った。

多分。

その瞬間。

「ねえ。結婚したいの。」
と、僕に向かって言ったのだ。

「誰と?」
思わず、まぬけな返事を返す僕。

「あなたと、よ。」
あきれたように言う、彼女。

「なんでまた?今までだって、充分うまくやれたのに。」
「だからよ。これだけ上手くいってて、結婚してないのっておかしいと思わない?」
「別に。全然思わない。結婚なんて、僕らの関係を前にしたら、まったくもって、クソみたいなもんだよ。第一、きみは去年離婚した時、もう結婚なんてうんざりって言ってたじゃないか。」
「あなたとのセックスが良過ぎたからよ。」
「だから?」
「夫との関係が、どう考えても歪んで見えたの。完璧なものを前にして、他のものがヘンテコリンなものにしか見えなかったの。」
「そう。その通り。僕達の関係は完璧だ。」
「だから、よ。結婚しましょう。多分、私は誰よりもあなたを愛してる。」
「駄目だ。無理だよ。そんなこと。」

「そう言うと思ってたけどね。」
彼女は、寂しそうに言う。

僕は、胸が締め付けられるような気分だ。古くからの友人として。きみの体を一番良く知っているものとして。きみが悲しそうな顔をしているのは、たまらなく辛い。

だが、それとこれとは別。

きみと僕は、結婚するには遅過ぎる。

--

彼女の人生は、僕の人生に比べたら、激流のように激しく動いていて、彼女は、自分が望む以上に、あちらこちらへと勢いよく連れて行かれていた。僕は、それを、ぼんやり見ていただけだった。彼女は、時々、「うんざりしちゃう。」だの、「疲れちゃった。」だの言いながら、僕の部屋に来る。僕は、彼女を抱く。彼女が取りたてて他の女性より素晴らしい肉体の持ち主というわけではないだろうけれど、僕にとっては最高の女だったのだ。

--

彼女は、ひとしきり泣いていた。

僕は、そんな彼女の前で、黙って彼女が泣き止むのを待っていた。

彼女が泣き止んだところで、僕は彼女の体に手を伸ばし、いつものように彼女の体を感じようとした。

「駄目よ。」
彼女は、そう、多分、初めてのことだと思うが、僕を拒んだ。

「なんで?」
僕は、構わず、彼女の首筋に口づける。

「駄目なのよ。」
彼女は、そっと僕から体を離す。

「ねえ。分からない?私は、あなたを愛していると言ったのに、あなたは、私を愛しているとは言わなかった。バランスが崩れちゃったのよ。あなたがこのまま私を抱いたら、私は、何となくあなたに踏み付けられた気分になっちゃうと思うの。」

「分からない。」
僕は首を振る。
「僕が気持ち良くて、きみが気持ち良ければそれはそれで、公正だと思うのだけどね。」

僕はこの瞬間、世の多くの、拒絶された男性と同じくらいみじめだった。公正かどうか、なんてこの際どうでも良かった。

多分、彼女は正しい。

彼女の周りはいつも、何かが激しく止まらず流れている。いつだって。そうして、僕達の穏やかで優しい関係にも、容赦なく流れ込んで来て、流れ出ようとしている。

「どうしても、無理なのね?」
「ああ。無理だ。」
「じゃあ、これっきり?」
「ああ。これっきり。」

--

彼女が出ていった後のドアの音が、大きな喪失を運んでくる。

僕は、僕と彼女の間にある一番大切なものが、失くなってしまうのが怖かった。いつも手元にあると思って安心した途端、激しく求めなくなるのが怖かった。

いつのまにか、気付かぬうちに飢えて死んでしまうくらいなら、今、僕の手で殺してあげよう。


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