セクサロイドは眠らない

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2001年11月26日(月) 言えなかった、言葉。どこにも行けなかった、気持ち。言わない事は決して間違いじゃない。

突然、電話が鳴り出した。

私の心臓は、いきなり銅鑼を打ち始める。

普通の電話なら、私だってこんなに驚かないだろう。だが、しかし、この電話は。

--

私の部屋には、電話線が二本引かれている。

一本は日常使っている電話。

そうして、もう一本は、もう何年も鳴ることがなかった電話。あの人のために、あの人が私に電話したくなった時のために、外さないでいる電話。

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私はおそるおそる受話器を取り、無言で耳を澄ませる。

電話の向こうから、女性の声が流れ出す。
「ああ。良かった。出てくれないかと思った。本当は、電話しちゃいけないんだと思ったのだけど。どうしても我慢できなくて。ごめんね。今日から、私、仕事探し始めたの。いつまでもこのままじゃいけないと思って・・・。」

電話の向こうのおしゃべりは、相手の返事を待たず、一方的に続けられる。私は、「間違い電話ですよ。」とも言わず、黙って聞いている。どうしてこの女性は、相手の返事を必要とせずに話し続けるのだろう。相手は彼女とはどういう関係なのだろう。

彼女は小一時間もしゃべり続けたであろうか。

「ごめんね。長々と。もう、切るね。じゃあ。・・・。あ。ねえ。一つだけ聞いていい?あなたは、今、誰かを・・・。ううん。やっぱり、いい。じゃあね。」

始まりと同じように、一方的に終わる。

何だったのだろう、と思う。でも、誰に掛けたところで、彼女は、相手からの返事を待っているわけじゃない。自分が一方的にしゃべることができれば、それで満足なのだろう。

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それから、週二回ほどのペースで、その電話は掛かるようになった。

私は、相変わらず無言で電話を取る。

「ねえ。仕事、なかなか決まらないわ。昨日も、不採用の通知が来たの。まだ、失業保険があるから大丈夫だけど、まるで私だけが世間から取り残されたみたいで、じっとしていると辛くてしょうがないから、一刻も早く仕事を見つけたいの。」

その時、私が手にしているグラスの中の氷がカランと音を立てたので、私は相手に聞こえてしまったかと思ってヒヤリとしたが、相手はかまわずしゃべり続ける。

「じゃあ、そろそろ切るね。ねえ、今度会えたら、私のこと・・・。いえ。何でもないわ。じゃあね。」

いつも、この電話は、相手に何か訊ねかけて、しかし、おしまいまで訊ねることなく切られる。

そう。

まるで、返事を聞くのが怖いかのように・・・。

--

少し、間が空いていたと思ったが、ある晩、いつもの時間に電話のベルが鳴り出す。

私は、黙って受話器を取り上げる。

いつもとは少し違う、悲しい声。

「ねえ。もう、電話するの、最後にするわ。だから。一回だけ、聞いて。聞いていてくれるだけでいいから。分かっていたかもしれないけれど、一回だけ言わせて。

私、あなたが好き。

ねえ。お願い。
私を、ここから連れ出してくれとは言わないから。
私を、愛してくれとも言わないから。

ただ、私があなたを愛していることを知っていて。

だけど、心配しないでね。私だって、寂しい時は他の男に抱かれるくらいの分別はあるから。

じゃあ。ね。」

そうして、電話は切れる。

--

それっきり、電話は鳴らない。

そう。

私は知っていたのだ。

電話の向こうの声は、私の心。

ねえ。お願い。
私を、ここから連れ出してくれとは言わないから。
私を、愛してくれとも言わないから。
ただ、私があなたを愛していることを知っていて。

言えなかった、言葉。どこにも行けなかった、気持ち。言わない事は決して間違いじゃない。ただ、あてもなくさまよって、時折、混線した電話に紛れ込む。

私は、アドレス帳の、彼の電話番号のページを破り捨てる。鳴らない電話のジャックを抜いて、「埋め立て」と書かれたダストボックスに放り込む。

明日は、仕事を探しに外に出よう。そう思いながら、眠りに就く。


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