セクサロイドは眠らない

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2001年11月25日(日) 人はみんな、そのやわらかい部分に食らい付くんだ。そうして、自分のものにしようとするんだ。

朝、起きると、相変わらず妻は機嫌が悪い。

「パパ、おはよう。」
「ああ。おはよう。」
「ねえ。パパ、今日お仕事から帰るの、早い?」
「さあ。どうかな。」

「マユちゃん、早く食べちゃいなさい。」
娘と私の会話をさえぎるように、妻が声を掛ける。

「はーい。」
娘は素直に返事をして、残りのミルクを飲み干す。

染み一つない、のりの利いたテーブルクロス。

朝から素肌を見せない妻の化粧。

私は、ため息。

--

「イワサくん。」
「はい?なんでしょう。」
「この件なんだが・・・。」

仕事で少々不手際のあった部下に説教をする。私が朝から憂鬱を抱え込んで仕事をしているのを差し引いても、この仕事のやり方はひどい。まったくひどい。つい、くどくなる説教に、相手の顔色が変わる。

「お言葉ですが、部長。僕は、言われた通りのことをきちんとやったと思いますよ。あの時、部長は・・・。」

そうだ。こいつは、いつも、そうやって反論してくる。

「評価をするのは、私だ。きみがきみの評価をするな。反論は聞く耳持たない。」
ピシャリと言って、書類に目を落とす。

部下の不機嫌を感じつつ。

私は、また、ため息。

--

「どう、帰りに一杯やらない?」
という同僚の誘いを断り、妻には遅くなるからと電話を入れる。

これ以上は延ばせないな。

だが、もう、散々延ばして来た。

木造のアパートで、一人、私を待っている女のことを考える。電話で「妊娠したの。」と告げられて、うろたえてしまった。「今度、会ってゆっくり話そう。」と答えてから、もう、何日経つだろう?彼女はうるさく言わない。じっと待っているだろう。そんな女に甘えて、ずるずると関係を続けてしまった。

いっそ、髪の毛振り乱して怒ってくれれば。「なんてズルイ人なの?」と責めてくれれば。そうすれば、私はすぐにでも女と別れることができただろうに。

私は、もうひとつ、ため息。

--

最近、ため息が増えたな。

人は、抱えているものの数だけため息をつくようになるんだろうか。

公園のベンチに座り込む。

「疲れているんだね?」
急に話し掛けられて、私は飛びあがる。

美しい少年。寒空なのに、薄着だ。

「風邪を引くよ。」
「大丈夫さ。それより、あなた、疲れているんだ?」
「ああ。」
「ひどい顔色だよ。」
「そうかな?」
「うん。大人って、いろいろ大変なんだね。」
「そうだなあ。自分じゃ、ちゃんとやってるつもりなのに、結局、皆から責められるのさ。一体、どういうことだろうな。」
「あなたは、ひどく正直だから。」
「私が、正直?」

私は、嘘吐きで、汚れている。

「見えるよ。あなたの心は手に取るように。あなたのね、やわかい部分が見えるよ。人はみんな、そのやわらかい部分に食らい付くんだ。そうして、自分のものにしようとするんだ。そうして、自分のものにならないと腹を立てるんだよ。」
「きみは?」
「僕?さあ。天使、かな。」
少年は、笑う。

私は、背筋がゾクリとして、たまらず、彼の細い肩を抱き締めたくなる。

「駄目。」
「どうして?」
「あの、ね。僕は、生きた人間に触れることはできないんだ。」
「そうか。」
私は、急に絶望的な気持ちになる。

今、彼の体に触れて、あたためてやることが、自分を慰める唯一のことのように思えていたから。

「ねえ。僕に触れたい?」
彼の透き通るような手足が、私を誘う。赤い唇が。

「ああ。」
それしかないような気がする。

「じゃ、ね。僕に、あなたをくれる?」
「私を?」

ゆっくりと、うなずく。

少年は、笑って背中の翼を広げる。そこは、漆黒の闇だった。虚無だった。

これはいい。天使どころか悪魔じゃないか。嘘吐きは大歓迎だ。

私は、少年に抱かれて、安堵する。暗闇はいい。

自分が汚れていることすら見えなくなるから。


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