セクサロイドは眠らない

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2001年11月24日(土) そうやって、手をつないで歩くことのあまりの感動に、私は、終わらないで、と。ただそれだけを祈った。

大学教授の夫との結婚は、私にとってひどく寂しいものだった。子供でもいれば、また違った夫婦になれたのかもしれない。が、さまざまな努力も虚しく私達夫婦は子供を持つことができなかった。

帰宅しても、食事が終われば自分の部屋にこもって勉強ばかりしている夫に対して、私は、もっと親密な関係を切望していたが、結局のところ、かなわなかった。

--

夫が学会のため出張していた、ある晩。

私は、ワインを飲みつつ、夫のいない夜をそれなりに堪能していた。

ドアチャイムが鳴ったので、出てみると、そこには、夫に借りた本を返しに来た、という学生がいた。

「今日、主人出張中なのよ。ごめんなさいね。」
と言いながら本を受け取った私は、ふと思い立って、
「ねえ。少し上がっていかない?」
と声を掛けた。

若い彼は、少しためらったが、結局、
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
と、答えた。

「食事は?」
「まだです。」
「じゃあ、あり合わせのものを出すから、ちょっと座っててちょうだい。」
「すみません。」
「ねえ、あなた、おいくつ?」
「21です。」
「じゃあ、お酒も大丈夫ね。」

ワイングラスも並べる。

それから、私は、若い彼の食べっぷりを肴にグラスを傾ける。

こんなに楽しい夜は、初めて。

目の前の、美しい青年が、いろいろな話を。例えば、私の夫がいかにすばらしい授業をするか、とか。あるいは、自分の友達が大学を辞めて事業を興した話とか。最近面白かった映画の話とか。

私は、誰かとこんなにしゃべり、笑ったことは、結婚以来なかった気がした。

気付くと、もう、時計が午前三時を回っていた。

「ごめんなさいね。」
「いえ。僕こそ、長居しちゃって。」
「あの、ね。今日とっても楽しかった。夢みたいだった。」
「そんな。なんか自分ばかりしゃべってすみませんでした。」

また、来て。おしゃべりを聞かせて。

なんて言える筈もなく。

「あの。」
彼が、帰り際に急に口を開く。
「なあに?」
「僕の携帯の番号。教えます。また、こんな風におしゃべりしたい時があったら、声を掛けてください。」

私は胸がドキドキする。

--

それから、時折の、夫の教え子との逢瀬。

私達は、おしゃべりをして、笑い合う。それだけで楽しかった。

そうして、私は、夫に言えない恋を。

--

夏、私と若い恋人は、一度だけ、電車に乗って遠出した。

浜辺を、手をつないで歩いた。彼に触れたのは、それが初めてだった。どこまでも続く誰もいない浜辺を、そうやって、手をつないで歩くことのあまりの感動に、私は、終わらないで、と。ただそれだけを祈った。

それ以上は何もなくて。唇さえ、重ねなかったけれども。

--

秋だからというわけではないだろうが、年下の恋人は不機嫌になる。夫にばれないようにと、彼から夜電話してくることを禁じたのがきっかけだった。

「いつもきみが決めるんだね。」
と、彼がなじる声に、涙が出てくる。

大学に行けば若く美しい同世代の女性に囲まれている彼。私がどれだけ嫉妬しているかを伝えることもできず、ただ、泣くことしかできない。

「僕がきみにしてあげられることは、もうこれ以上ないみたいだ。」
彼は、去る。

--

夜、キッチンで、一人グラスを幾杯も空ける。

夫が、めずらしく階下に下りて来て、私をとがめるように見つめる。

「あなたが私に興味を持つなんて珍しいわね。」
「そうかな?」
「ええ。私は、いつだってこの家で一人ほったらかしだった。」
「じゃ、きみはどうなんだい?うしろめたいことがある時だけ私に甘い声を出すきみに、私が気づかなかったとでも?あるいは、この夏、私の酒量が増えたことをきみは知っていたのか?」

彼は吐き捨てるように言って、玄関を出る。

私は、一人取り残されて。

相手の愛の怠慢を責めることでしか我が愛を伝えられない、人間という愚かな生き物について考える。


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