セクサロイドは眠らない

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2001年11月02日(金) ああ。分かってる。お前は人形だから死なないことも。だが、一緒にいたいのだ。

「おじいちゃま、ほら。新しい話し相手よ。」
その少年の人形は、老人の部屋に連れて来られた。老人は、チラリと見ると、すぐに顔をそむける。

「おじいちゃまも、一人で部屋にいたらつまらないでしょう?このお人形はね。マリア様のお相手をしていたんですよ。おじいちゃまの大好きだったマリア様の。」
「人形と話したってつまらん。マリアを連れて来い。」

人形を連れて来た女は、うんざりした顔で、返事もせずに老人の部屋に人形を置き去りにして立ち去った。

「ふん。お前も、もう、随分な旧式でスクラップ寸前か。わしもお前もポンコツ同士ってわけだ。悪いが、わしは人形は嫌いだ。愛想笑いの一つもできない。」

人形は、ただ黙って、老人のそばの椅子に腰掛けている。

--

もう11月だというのに、陽射しが暖かい。

「明日は、わしとマリアの誕生日だ。」
「はい。存じ上げております。」
「マリアは、どうして来ないのかね。」
「マリア様は、もうじきご出産ですので。」
「ああ。知っておる。だが、マリアに、もう随分長いこと会っていない。」
「そうですね。マリア様と最後にお会いになってから、19年と10ヶ月が経ちます。」
「あの日も、こんな日よりだったな。マリアとわしが一緒に過ごした、最後の誕生日。」
「ええ。あの日の天気は晴れ。風もまったくありませんでした。」
「そうだ。わしはようく覚えておる。みんな、わしのことをボケてしまったと思っているだろうが。」

老人は、水差しから水を一口飲む。

「あの日のこと。お前の目からみたあの日の記憶を語ってくれないか。」
「かしこまりました。あの日は、晴れていて、マリア様は、外でパーティをしようとおっしゃいました。」
「そうだ。あれは、いつもそうやって面白いことを思いつく天才だったよ。」
「おじいちゃんの横に座ると言って聞きませんでした。」
「そうだ。あの娘は、いつもわしにそうやって気遣いを見せてくれた。」
「ケーキは、季節の果物が焼きこんであって。」
「ああ。よく覚えている。あれも、マリアがクリームを用意したのだ。自分も手伝うと、他の者に駄々をこねてな。」
「ロウソクは8本。」
「そうだ。マリアは8歳になったんだ。あんなに小さかったのに。」
「ロウソクを吹き消す時、マリア様は、そっと神様に祈りました。」
「ああ。だが、誰にも、何を願ったかは言わなかった。」
「生まれ変わったら、おじいちゃまのお嫁さんにしてください。それがマリア様の願いでした。」
「ほほ。だが、嘘だろう。マリアは、あの時、誰にも内緒と言っていたよ。」
「私にだけ、小さな声で教えてくれました。おじいちゃまは、素敵だ、と。たくさんの物語を知っていて、私に教えてくれる、と。他の人みたいに大きな声でしゃべらないで、いつも私のおしゃべりをいっぱい聞いてくれる、と。」
「マリアがそんなことを?」
「はい。」
「老人を嬉しがらせるような嘘を言ってくれるでないぞ。」
「人形は嘘を付きません。」
「ああ。そうだったな。そうだ。お前は嘘がつけないのだな。」

老人は、しゃがれた声で笑う。老人らしいいつも涙で湿った目をしきりにしばたいている。

「なあ。マリアの秘密を知っているお前に、私の秘密も聞いてもらえるかな?」
「はい。」
「誰にも言わないでいたが、わしは、随分と長いこと孤独で気が狂いそうだった。家の者がここに閉じ込めたまま一歩も外に出してくれなかったでな。」
「はい。」
「だから、頼む。わしは、もう長くない。だから、わしが死ぬ時、お前も一緒に。一緒に死んで欲しいのだ。」
「死ぬ?」
「ああ。分かってる。お前は人形だから死なないことも。だが、一緒にいたいのだ。マリアの思い出を誰よりも正確に語ってくれるお前と。」
「分かりました。」

老人は、しわだらけの手で人形の手を握る。

--

ある朝、老人は静かに息を引き取る。人形は、老人が息を引き取る瞬間、自らの生命回路をオフにしていく。

老人の朝食を取らない習慣のせいで、昼になるまで誰も部屋に入って来なかった。

「あら。おじいちゃま。まさか?ねえ。ちょっと。大変だわ。」

バタバタと足音が屋敷に響く。
そのうち、ざわざわと人がやってくる。

「まったく、役に立たない人形ね。おじいちゃまが死んだことも知らせないで。」


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