セクサロイドは眠らない

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2001年11月01日(木) 「もう一回しようか?」と、彼が甘えたように言う。私は、好色そうに笑って見せて、彼の股間に手を伸ばす。

「醤油。」
という夫の声に、慌てて醤油さしを渡す。

あ。

と、心の中で小さく声を上げる。

指輪。戻すの忘れてた。指輪を外した跡が妙にくっきりとしていて、嫌でも目立つ。心臓がドキドキと激しく音を立てるけれど、結局夫は気付かず食事を続けているのでホッとした。

恋人が、昨日の晩。
「今度からこんなものしてくるなよ。」
と、咥え煙草で、私の指から抜き取って灰皿の横に置いたのを覚えている。

ベッドでの煙草はいや。と思いながら、それを眺めていた。

--

夜は、いつも夢をよく見る。

小さなウサギ。多分、夢の中では、そのウサギが私。必死で走っているのだけれど、誰かの手がひょいと伸びて私の柔らかい首根っこを掴む。私の足は、短くて遅い。どこまで逃げても、すぐに追いつかれてしまう。

--

「俺の事、好き?」
と、恋人が私の上で、私をじっと見下ろしながら訊ねる。

私は答えずに、彼の腕を強く掴む。目をそらしたまま、快楽に集中しているふりをする。ちょっと前は違っていた。「好き、好き、好き」と熱に浮かされたように答えていた。

言わない私が、恋人を不安にさせる。

「なあ、俺のこと、好き?」
「うん。」

あんまり不安そうに訊ねるので、仕方なく小さく答えて。後は彼の唇をふさいで会話を終わりにする。

ねえ。

「好き」っていうのと、「セックスしたい」っていうのは、同じことなんですか?「好き」に「セックスしたい」が含まれるんですか?それとも「セックスしたい」に「好き」が含まれるんですか?どっちの言葉も、口にする時、空々しいものを感じるようになったら、それは何かが終わったということですか?それとも少しはまともに、その関係を思考することができるようになったということですか?

彼は、汗ばんだ胸に私を抱いて、煙草をふかしている。

煙草は嫌い。

そんな言えない言葉が、だんだん引っかかるようになる。

彼は、不安から、更に私を求める。私はずるさからそれに応える。

「もう一回しようか?」と、彼が甘えたように言う。私は、好色そうに笑って見せて、彼の股間に手を伸ばす。

--

「ねえ。こないだの。」
「ん?」
「友達と旅行に行くっていう話。」
「ああ。行ってきたらいい。どうせ、僕は出張でいない時だし。」
「誰と行くか、言ったっけ?」
「僕の知らない名前だろう。いいよ。聞いても忘れるしね。気をつけて行っておいで。」

夫は、もう、長いこと私の手を握りしめたりしない。口づけをしたりしない。ゆったりとしたおもいやり深い言葉は、落ち着いているけれども、私達の関係を揺さぶったりしない。

嘘を言うのは、随分と体力が要る。そんなことに、急に気付く。私にはもう、そんな体力はないのだわと、思った。

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夢を見る。

ウサギは、あっという間に捕まる。細い首に片手で少し力を入れたら、キュッと音を立てて。その小さな命はいとも簡単に終わってしまう。逃げるのも私。捕まえるのも私。狭い箱に閉じ込めて、ニンジンの破片を入れる。

私は、カサカサという音に安心して、そのウサギの箱をほったらかしにして、部屋を出る。

私は、暗闇に閉じ込められたまま、どちらに逃げたかったのかと夢想しながら、ニンジンを齧る。

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あなたが悪いのよ。最初から「好き」なんて言わないでくれたら、ずっと続けていられたのに。「好きじゃない」って言ってくれたら、あなたの心が欲しくて身悶えしていたことでしょう。

「ねえ。もう、終わりにしましょう。」
恋人に電話で告げて、私は、声が湿った鼻声にならないうちに電話を切る。

一晩中何度も何度も、サイレンスモードにした携帯電話のディスプレイが光り続ける。私はそれを眺めながら、旅行の件、誰を誘おうかしら、と考えている。

--

明け方ウトウトした私は、最後のウサギの夢を見る。

ウサギは、しばらく足をばたばたさせてから動かなくなる。

箱の中で眠るように死んでいるウサギを、土に埋めて。

帰る場所がある者はいつだってずるいんだよ。と、土の中のウサギに向かって言うのでした。


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