セクサロイドは眠らない

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2001年09月20日(木) 彼が腰を動かしながら、私にそうささやく。切ない想いが募って、喘ぎ声が悲しく響くけれど、あなたにはその悲しみが聞こえていない。

久しぶりに彼に会ったのは、仕事の打ち合わせでクライアントのところに行った、その席でだった。彼は私を覚えていなかった。そう。大学の時、憧れて見つめていただけだから。彼にふさわしい年上の、美しく、理知的な恋人を連れていて、私はその素敵なカップルをただ遠くから眺めていただけだったのだ。そんな完璧に見える関係だったが、年上の恋人の卒業とともにあっさりと解消してしまった事に、まだ恋をあまり知らない私は驚いたものだった。

一度だけ、一足先に卒業して福祉関係の仕事についた、その彼の恋人と電話で話をしたことがある。
「どうして、あんな素敵な人と別れたんですか?」
彼女は、私の質問を少々笑い飛ばしながら答えた。
「社会には、彼よりいい男はいっぱいいるわよ。」

打ち合わせが終わって、ミーティングルームを出たところで、私は彼に追い付いた。

「あの。XX大にいらっしゃったXXさんですよね。」

彼はにっこり笑って、私に興味を持った。それから、近くの喫茶店で、私は自己紹介をした。

彼と寝るまでの時間は短かった。つまりは、彼は、やってくる女の子達を無造作にリストに加えて行くのだ。私は彼に恋をして、彼の部屋に通い、料理を作り、ベッドにもぐりこんだ。だが、そんなものは、彼にとって特別な女性であることを意味するものではない。彼はそれを隠さなかったし、私は、そんな彼をとがめなかった。抱いて欲しがったのは私だから。彼の心を求めるのは無理だと分かっていたから。

彼は、その時、別の女の子を追いかけていた。私や、たくさんのリストの中の女の子達と寝ながら、違う女の子に身を焦がすゲームをしていた。彼は、それらの全てを一切隠すことなく、私を抱く。

時折、彼が、「おいで」と言ってくれる日は、夕飯の材料を抱えて彼の部屋へ行く。そうして、束の間の恋人のふりをする。愛されないみじめさを精一杯隠して、彼のゲームの成果を聞く。

もう、何度彼に抱かれただろう。

「最近、なんかお前の声、色っぽくなったよな。」
彼が腰を動かしながら、私にそうささやく。

切ない想いがつのって、喘ぎ声が悲しく響くけれど、あなたにはその悲しみが聞こえていない。

--

夜、彼の部屋を出て、夏の終わりのひんやりとした空気を吸う。

「じゃあね。」
私は、いつも、またね、とは言わない。
「ああ。じゃあな。」
彼も微笑む。
「少し、涼しくなったね。」
「うん。帰って行くのが俺だったら良かったのにな。夜道を帰るのは寂しいだろう?」
「ううん。」

彼の台詞に苦笑しながら、夜道を行く。さっきまで誰かがいた部屋に戻るよりは、誰もいない夜道を一人で帰るほうがよっぽど寂しくないのに。

あなたに私の心が分かる筈もない。あなたはいつだって、誰かを待っていたことはない。ヒラヒラと、花の間を舞うばかりの蝶のように。

--

夏の終わりというより、秋の始まり。

私と彼は、車を走らせて海に行った。もう、ひとけのない浜辺で、砂浜に腰を下してアイスクリームを舐めた。

「俺達って寂しいよな。」
と、彼は言った。

そう。あなたは他の女の子を想い、私はあなたを想っている。私の想いを知っている男から「寂しいよな」なんて言われる私は、なんて寂しいんだろう。

海は、誰も来なくても、夏の間と同じように規則正しく打ち寄せている。きっと海の中は、私を取り巻く空気よりずっと暖かい。彼の体が海に沈んで行くことを思う。彼の重たい体は静かに静かに水中を下りて行き、たくさんの魚達が彼の体をついばむ。もう、群を成す魚に、彼の体は見えなくなる。魚が散って、そこには彼はもういない。骨さえない。何もない。何もなかった。

「そろそろ行こうか。」
スカートの砂をはらいながら、私は、彼より先に立ち上がる。

夏は終わった。


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