セクサロイドは眠らない

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2001年09月17日(月) 彼の手が、私の乳房をすくい上げる。重さを確かめるように、手の平で包む。

離婚した女が働ける場所など、そうない。駅前の小さな弁当屋での仕事にやっとありついて、一ヶ月が経とうとしている。昼のラッシュも終わって、店の人足も途絶えた頃、ふと見ると店先に一人の青年。ああ。また来たのね。いつもこの時間に来る。近くの大学の学生だろうか。背が高く、鼻梁の通った、美貌の。

「いらっしゃい。今日は何にしましょう?」
「あなたのおすすめで。」
「おすすめなんてないわ。じゃ、日替わりでいいわね。」
「あなたの選んでくれたものなら。」

最近の学生は、こんな上手なこともスラスラ言えるのね。と苦笑する。

「お店、いつ終わるの?」
「え?」
「お店、終わる時間に迎えに来てもいいかな?」

あら。やだ。本当に口説くつもり?

「はい。日替わり。ありがとうございました。」
私は、彼の問い掛けを無視して、弁当の入った袋を渡す。

--

小さなアパートの部屋に戻ると、夫の両親の元に置いて来た息子の写真を眺める。もう8歳になっていた。なんでこんなことになっちゃったんだろう。あの時は、魔が差したとしか思えない。パートに出た先の上司と体の関係ができて、それに溺れ、戻れなくなってしまった。

家を追い出されて、初めて、それは恋なんかではなく、ただ肉の欲に過ぎなかったのだと気付く。愛しい息子と引き換えにするには、あまりにもみっともなくくだらない関係だった。

失ったものは戻らない。

私は、足を引きずるように、一歩、一歩、ようやく生きている。

--

店の仕事を終えると、彼が待っていた。

「あら。いつもの。」
「仕事が終わるのを待たせてもらってたんだ。」

普通に考えれば見ず知らずの人間に付きまとわれるなんてかなり気味の悪いことなのに。彼の美しさに気持ちがときめくのを抑えられない。

「学生さんなの?医学部?」
「よく分かるね。」
「なんとなくね。あなたって、お医者様になるのが似合ってるわ。」
「そうかなあ。本当は、オヤジに、早く帰って来て跡を継げって怒られてるんだけどね。」

それから、喫茶店でおしゃべりして。とりとめのないおしゃべり。知性も教養もない私が、彼に話して聞かせるほどのものは何もない。彼は聞き上手で、私は、おかげで、言葉がなめらかに飛び出してくる。

そうやって、ただおしゃべりするだけの関係。

それでも、そんな日々が続けば、それを拠り所に生きて行くようになる。仕事が終わる時間が近付くと、店の外の彼の姿を探す。

ただ、「どうして?」とは聞けない。なんで、私を?と。時折、大学に続く通りを美しく若い女子学生と一緒に歩く彼を見掛けると、心が痛む。

--

「ねえ。僕の部屋に来ない?」
彼は、しばらくの沈黙のあと、思い切ったように私に切り出す。

「え?」
「ずっと思ってた。こうやっておしゃべりするだけじゃ嫌だなって。」
「行ってもいいの?」
「うん。来てくれると嬉しい。」

誓って言うが、三ヶ月の間、私と彼は、ただおしゃべりするだけの関係だった。私はそれでいいと思っていたし、彼もそれでいいのだと思っていた。

「今夜迎えに行くから。」
「ええ。」

--

「お金持ちなのね。」
私は、彼の豪奢なマンションの部屋に驚く。

「金持ちなのはオヤジさ。僕は、何も稼いではいないよ。」
彼は、自嘲的に笑い、グラスを差し出す。
私は、グラスの琥珀色と、彼の美しさに酔う。

「眠たくなったわ。」
「疲れてるんだろう?こっちにおいで。」

彼の手が、私の服を脱がせている。私は、ぼんやりとして、もう体が動かない。

「恥ずかしいわ。」
「そんなこと、ない。きれいだ。」
「子供を産んで、すっかり崩れちゃったのよ。」
「恥ずかしがらないで。全部、きみだ。きみの美しい心そのものだよ。」

彼の手が、私の乳房をすくい上げる。重さを確かめるように、手の平で包む。

「ねえ。私・・・。」
「しっ。黙って。」
彼は、死体のように、もう動けなくなった私を浴室に連れて行く。

「なあに?」
「痛くしないから。きれいなまま、凍らせてあげる。」
彼の手にはメスが握られ、悲しい顔で私の体を見下ろしている。

「ちょっと、何をするの?」
私は驚いて、体を動かそうとするが、うまく動かせない。

「ねえ。ママ、ずっと僕のそばにいてくれるよね?どこにもいかないで。僕を愛する心のまま、ここにいてくれるよね。」
彼は、私の首に胸に頬ずりする。

ああ。そうだったの?私は、その時、ほっとして彼の手に身を委ねる。

彼の手が、私の体にメスを入れる。

私は、もう、傷みも感じなくて、ぼんやりと眠たくなる。

これからは、彼の元にずっといられるのだと、安堵する。


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