セクサロイドは眠らない
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2001年07月10日(火) |
あなたが産まれる前、死んだ後も、本当にずっと。 |
穏やかな陽射しが降り注ぐ、ある春の日、交差点の向こうから歩いてくる若い夫婦とすれ違った。妻は、重たそうなお腹をさすりながら 「男の子だって。」 と、夫に告げた。夫は、妻に合わせてゆったりした歩調で歩きながら、幸福そうだった。
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夏の公園で、5歳ぐらいの男の子が三輪車に乗って遊んでいた。公園に植えられた大木の周りをクルクルと回って、真剣そのものだったが、不意に車輪を取られて転んでしまった。男の子は、泣きそうになるのをこらえて立ちあがった。私は、水に濡らしたハンカチで、ひざをそっと拭いた。男の子は、恥ずかしそうにしていたが、「ありがとう」と小さい声で言った。ハンカチを男の子の手に握らせて、私はその場を離れた。
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秋のグランドで、野球の練習をしているその男の子は、もう小学生になっていた。男の子は、玉拾いをさせられていた。 「秋とは言っても、暑いよね。」 フェンス越しに声を掛けると、玉拾いにクサっていた少年は、驚いて私を見た。そして、プイ、と走り去ってしまった。
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高校生になってすっかり背が伸びたその少年は、いつも、同じ女の子と学校帰りの道を一緒に歩き、喧嘩したり、笑い転げたりしていた。
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男の子は、いつしか、男になった。スーツが似合うようになった。電車に揺られて通勤するようになった。
そうして私達は出会った。
交差点ですれ違いざま、彼は、私を見て声を掛けて来た。
「すみません。全然知らない人をナンパしたのなんて初めてなんです。」 喫茶店で汗を拭きながら、彼はしきりに謝った。 「なぜ、声を掛けてくれたの?」 「うん…。どうしてだろう?なんか、この人だって。声を掛けなくちゃって。今声を掛けないと、ダメだって。そう思ったんですよ。」 「この近くにお住まい?」 「いえ。ここからはちょっと遠いんですけど。この信号の先に、母が僕を産んだ産院があるんです。そこの院長が両親と親しいんで、ちょっと届け物をしに寄ったんですよ。」
こうして、私達はその日から恋人同士になった。
彼の眠っている裸の胸に 「ずっと待っていたのよ」 とささやく。
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そうして、間もなく私達は結婚し、私は子供を身ごもった。産院で検査を受けた後、迎えに来てくれた夫と手を繋いで歩く。
「男の子だって。」
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「おかえり。ちゃんと、手を洗いなさい。」 帰宅した息子に声を掛ける。三輪車に夢中だ。
「ママ、僕、三輪車で転んじゃった。」 「あら、大丈夫?」 「うん。知らない人にこれ、もらっちゃった。」 息子は、黄色いハンカチを差し出す。
「あら…、そう。」
ハンカチを受け取って、ふと、私は何かを思い出しそうになる。
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息子の結婚を控えたある日、夫の病気を告げられる。若いだけに、急速に体を巡ってしまうその病気のために、夫はその日から入院した。
病室は、静かで、冬の陽射しが柔らかく刺し込んでいた。
「キミは変わらないね。ずっと。」 「そんなことないわ。」 「恥ずかしながら白状すれば、僕は死ぬのが怖い。」 「誰だってそうですわ。」 「キミは、怖がらないよ。キミはそういう女性だ。死すら怖れない。そんな気がするよ。」 「買かぶり過ぎですって。」 「はは。」 「私、ずっとあなたと一緒にいたんですよ。」 「分かってるよ。」 「いいえ。本当に分かってらっしゃるかしら?あなたが産まれる前、死んだ後も、本当にずっと。」 「分かるよ。」
夫は、私の指先を握った。その夜、夫は息を引き取った。
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私は寂しくはなかった。待つ事には慣れていた。
交差点の向こうからやってきた夫婦には、もう新しい生命が宿っている。
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