セクサロイドは眠らない

MAIL  My追加 

All Rights Reserved

※ここに掲載されている文章は、全てフィクションです。
※長いこと休んでいてすみません。普通に元気にやっています。
※古いメールアドレス掲載してました。直しました。(2011.10.12)
※以下のところから、更新報告・新着情報が確認できます。 →   [エンピツ自由表現(成人向け)新着情報]
※My Selection(過去ログから幾つか選んでみました) → 金魚 トンネル 放火 風船 蝶 薔薇 砂男 流星群 クリスマス 銀のリボン 死んだ犬 バク ドラゴン テレフォンセックス 今、キスをしよう  俺はさ、男の子だから  愛人業 

DiaryINDEXpastwill


2001年07月10日(火) あなたが産まれる前、死んだ後も、本当にずっと。

穏やかな陽射しが降り注ぐ、ある春の日、交差点の向こうから歩いてくる若い夫婦とすれ違った。妻は、重たそうなお腹をさすりながら
「男の子だって。」
と、夫に告げた。夫は、妻に合わせてゆったりした歩調で歩きながら、幸福そうだった。

--

夏の公園で、5歳ぐらいの男の子が三輪車に乗って遊んでいた。公園に植えられた大木の周りをクルクルと回って、真剣そのものだったが、不意に車輪を取られて転んでしまった。男の子は、泣きそうになるのをこらえて立ちあがった。私は、水に濡らしたハンカチで、ひざをそっと拭いた。男の子は、恥ずかしそうにしていたが、「ありがとう」と小さい声で言った。ハンカチを男の子の手に握らせて、私はその場を離れた。

--

秋のグランドで、野球の練習をしているその男の子は、もう小学生になっていた。男の子は、玉拾いをさせられていた。
「秋とは言っても、暑いよね。」
フェンス越しに声を掛けると、玉拾いにクサっていた少年は、驚いて私を見た。そして、プイ、と走り去ってしまった。

--

高校生になってすっかり背が伸びたその少年は、いつも、同じ女の子と学校帰りの道を一緒に歩き、喧嘩したり、笑い転げたりしていた。

--

男の子は、いつしか、男になった。スーツが似合うようになった。電車に揺られて通勤するようになった。

そうして私達は出会った。

交差点ですれ違いざま、彼は、私を見て声を掛けて来た。

「すみません。全然知らない人をナンパしたのなんて初めてなんです。」
喫茶店で汗を拭きながら、彼はしきりに謝った。
「なぜ、声を掛けてくれたの?」
「うん…。どうしてだろう?なんか、この人だって。声を掛けなくちゃって。今声を掛けないと、ダメだって。そう思ったんですよ。」
「この近くにお住まい?」
「いえ。ここからはちょっと遠いんですけど。この信号の先に、母が僕を産んだ産院があるんです。そこの院長が両親と親しいんで、ちょっと届け物をしに寄ったんですよ。」

こうして、私達はその日から恋人同士になった。

彼の眠っている裸の胸に
「ずっと待っていたのよ」
とささやく。

--

そうして、間もなく私達は結婚し、私は子供を身ごもった。産院で検査を受けた後、迎えに来てくれた夫と手を繋いで歩く。

「男の子だって。」

--

「おかえり。ちゃんと、手を洗いなさい。」
帰宅した息子に声を掛ける。三輪車に夢中だ。

「ママ、僕、三輪車で転んじゃった。」
「あら、大丈夫?」
「うん。知らない人にこれ、もらっちゃった。」
息子は、黄色いハンカチを差し出す。

「あら…、そう。」

ハンカチを受け取って、ふと、私は何かを思い出しそうになる。

--

息子の結婚を控えたある日、夫の病気を告げられる。若いだけに、急速に体を巡ってしまうその病気のために、夫はその日から入院した。

病室は、静かで、冬の陽射しが柔らかく刺し込んでいた。

「キミは変わらないね。ずっと。」
「そんなことないわ。」
「恥ずかしながら白状すれば、僕は死ぬのが怖い。」
「誰だってそうですわ。」
「キミは、怖がらないよ。キミはそういう女性だ。死すら怖れない。そんな気がするよ。」
「買かぶり過ぎですって。」
「はは。」
「私、ずっとあなたと一緒にいたんですよ。」
「分かってるよ。」
「いいえ。本当に分かってらっしゃるかしら?あなたが産まれる前、死んだ後も、本当にずっと。」
「分かるよ。」

夫は、私の指先を握った。その夜、夫は息を引き取った。

--

私は寂しくはなかった。待つ事には慣れていた。

交差点の向こうからやってきた夫婦には、もう新しい生命が宿っている。


DiaryINDEXpastwill
ドール3号  表紙  memo  MAIL  My追加
エンピツ