小話。...ナソラ

 

 

っポイ!*万里×真 - 2005年09月28日(水)

彼女の気持ちいいくらい一直線な姿勢は、いつも彼を少し苦しくさせた。それはひとえに同じくらいまっすぐに一点を向いているその視線が自分に向けられているからではないからだということくらいは察しがついていた。

日々めまぐるしく過ぎる一日一日。駆け抜けている間は頭のすみに置いておくことも可能だけれど、時折。本当のことをいえば、最近は頻繁に、無意識に追いやっているはずのどうしようもない考えが浮んでくるばかりで、万里は少々そんな自分を持て余していた。

考えというのは相応しくないかもしれない。感情とか気持ちとか、そんな言葉の方がこの状態を表すには適切かもしれないけれど、躊躇してしまう。だいたい人間が導きだすあらゆる情報をつくりだすのは脳であるはずなのに――ここで彼は胸元へと視線を落とす――実感としてあらわれるのはこっちだなんて卑怯だと思う。
特に今日のような寒さが雪のようにしんしんとつもる放課後は理不尽な事柄に対する免疫が低下して、万里を途方も無い気持ちにさせる。救いがあるとすれば雨が降っていないことだろうか。今はどんな雨音も聞きたくない気分だった。

雨という現象は万里にとって彼女を意識せずにいられない厄介な代物だった。おおもととなる光の衝撃に付随して、こちらの気も知らないで勝手に物理的距離を縮められた。

相模真を。

「日下」
「!」
 
唐突に耳に凛と響いてきた声に、万里は思わず体を硬くする。噂をすれば影というかなんというか、一瞬の驚きにうまい言葉をみつけられないまま万里はうつろっていただろう瞳を声の方に向けた。驚きで混雑した状況下では自慢の脳みそも正常には働かないらしい。

「相模、何。忘れもの?」

それでも表面上はいつもと変わらない自信があった。中学生にしては背の高い彼女に、イスに座りながら見上げる形で微笑みかける。

「ああ。日下こそ何してるんだ。まだ人がいるとは思わなかった」

お前に限って居残り勉強なんてこともないだろう、と辛口をたたいて相模真はつかつかと教室に入ってくる。質問の形をとりながら答えを求めている素振りはない。腰上まであるきれいなストレートの髪をわずかに揺らしながら万里の方へと近づいてくる。といっても目的が彼にあるわけではなく、単純に真は自分の席へと向かっているだけなのだが。

机をガタガタいわせて目的のもの(ノートか教科書か――、万里の席から正確に伺うことはできなかったけれど)を無事カバンに収める真の意識はまるでこちらを向いていなくて、そのあまりの頓着のなさに万里は肩の力を抜いた。と同時に自分が緊張していたことが分かって思わず苦笑する。
 
「何笑ってるんだ?」

すると吐息がもれたのか、すかさず前方からのツッコミが入り、真の意識がこちらに向いたことに対してひそかに嬉しさを感じている自分にまた、笑ってしまった。

「何がそんなにおかしいんだ」
「いや、俺って結構ピュアボーイなわけよ。わかる?」
「お前がピュアなら世の中学生はみんな無垢な少年だ」

手入れされていなくても十分整っている眉をおかしなかたちに潜めながらも、鋭く切り返してくる相手に万里は拍手を贈った。

「いや、さすが相模。テンポが良い」
「……日下。さっきから発言の意味が分からなすぎる」
「あら残念。会話はキャッチボールなのに」
「お前の馬鹿に付き合ってる暇はない。私は帰る」

これ以上の問答は無駄だと判断したのか、真は引いたイスをきちんと戻してカバンを再び手に持った。

「俺も帰ろっかな。相模このあと予定あんの?」
「帰って勉強だ、馬鹿。受験生はお前みたいに暇じゃないんだ」
「ひどい。俺も受験生なのに〜」
「明日模試なのに教室でダラダラと暇をつぶしている奴を同じ受験生だとは認めない」

ピシャリと言い切った真に、万里はちょっとだけ苦笑する。

「受験生だって、ベンキョ―のこと以外で悩んでもいーでショ?」

入ってきた時と同じように、颯爽と教室を出て行こうとしていた真の足が止まる。ほんの少しだけ間があって、くるりと振り向きながら向けられた言葉はいかにも彼女らしかった。

「そんなものは受験が終わってから好きなだけ悩め!」

思わずぶっと吹き出した万里を、真は呆れ声で促す。

「そうと決めたら、ほら帰るぞ」
「了解〜」

あくまでふざけた口調を崩さない万里に、盛大なため息をつきながらも口を出すことはしない。けれど帰り支度をする間文句一つ言わず待っていてくれたし、別れ際には「でも、お前でもちゃんと悩むことがあるなんて、良いことだと思うぞ」なんてフォローなんだか分からない言葉もくれた。

「じゃあ、また明日」

と手を振った道すがら、珍しく明日のテストはちょっと頑張ってみようと思った自分に、また少し笑った。



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