「静かな大地」を遠く離れて
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東静内から春立の間は、全路線の大部分の区間を海岸線沿いに走る日高線が 少し内陸を走る。ちょうど今の季節、生い茂る緑のトンネルを抜けるようで 何やら別世界への回廊を潜っているような、不思議な非現実感覚に包まれる。 もちろん次の停車駅が“遠別”だ。
雪乃さんが亡くなった日、“遠別”を訪れていた。 二両編成の下り列車が無人駅に滑り込んでから、次の上り列車が来るまでの 短い滞在だった。飛行機の時間に間に合わせるためのリミットが迫っている。 人の暮らしはある。田畑もあるし、家もある。でも人影はほとんど見えない。 わずかに放牧地に放たれていた三頭の若馬だけが闖入者に関心を寄せてくる。
何より静かだ。「静かな大地」というのを、政治的表現として捉えてしまう よりも前に、聴覚的に本当に静かな場所に身を置いてみること。主義主張も 騒々しい相互干渉も排して静けさに身を浸してみること。自分の耳が静けさ に戸惑いながら方々から拾ってくる遠い鳥たちの声を聞き分けてみること。
映画「グランブルー」で、ジャックやエンゾを魅了する深い静けさに満ちた “青”。それと雨上がりの瑞々しい緑の気配に充たされた“遠別”の空気。 静かで美しい姿の馬たちの佇まいは映画で見たイルカの姿を思い出させる。 どうにも緑と青が通ずるように思えて、言葉を失ったまま歩き続けていた。 と、空から何かの鳥の羽根が、ふわりふわりと舞い降りてくる。…静かだ。
胸が痛くて読むのがつらい叙述が続いているけれど、連載開始からわかって いたのにも拘わらず、こんなに切ないのは長編小説の力というものだろう。 移動中に中沢新一の「カイエ・ソバージュ」を読み進めることが出来たのは 心のバランスを取る上で有効だった。『緑の資本論』所収の文章は、結論 だけのエスキスという感じがあるが、この講義集は思索のプロセスをガイド してくれる感じで、すこぶる良い。これから続巻で一神教をめぐる所説が 展開されるのが待ち遠しい。“あまりに根源的な”思索には怖ささえ感じる。
帰途につく列車でウトウトとしながら車窓を見ると全天のうちでそこだけに 狭いスリット状の晴れ間が出来ていて、微かに赤い陽の光が射している。 思わず「あ、あの夕日!」とつぶやいて、隣席の同行者と顔を見合わせた。
題:382話 あの夕日22 画:クリーム瓶 話:しかしあのバードさんの一言で私は開眼した
題:383話 あの夕日23 画:鏡 話:大きな山の力によって生かしめられる己を知って、人は謙虚になる
題:384話 あの夕日24 画:芽 話:私たちはシトナを救えなかった
題:385話 あの夕日25 画:クチナシの実 話:このチャランケは負けだと覚った
題:386話 あの夕日26 画:ヒョウタン 話:昔からアイヌと和人が交渉してアイヌが勝ったためしはない
題:387話 あの夕日27 画:笹 話:チコロトイは一種不思議な活気に満たされた
題:388話 あの夕日28 画:葉書 話:エカリアンはそろそろ臨月のはずだ
題:389話 あの夕日29 画:鴨の羽根 話:今の時代、官と戦うには新聞を味方につけるに如くはない
題:390話 あの夕日30 画:赤煉瓦 話:兄は今や万事を疑っていた
題:391話 あの夕日31 画:アザミ 話:昔のことというのはわからぬことばかりだな
題:392話 あの夕日32 画:茅 話:神々が何かの企みをもって力を奪うかのような心の病があるのだ
題:393話 あの夕日33 画:サラシ 話:辛いからお父さんは思い出したくないのよ、と弥生は娘に言った
題:394話 あの夕日34 画:髪の毛 話:男の子だったから、いよいよ悔しくてね
題:395話 あの夕日35 画:爪 話:今それを知ったら、三郎さんは本当に崩れてしまうかもしれない
題:396話 あの夕日36 画:珊瑚 話:私は敬愛する人を亡くした
題:397話 あの夕日37 画:アオサギの羽根 話:それだけでオシアンクルは事態を察した
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