「静かな大地」を遠く離れて
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2001年10月05日(金) 強く儚い者たち

時勢の推移に感じるところがあって沈黙しているわけではない。
単に物理的に多忙であったり、無精で怠け者だったりしただけ(^^;

ともあれ、三郎君は元気に学んでいるようで何よりだ。
世界を新鮮に捉えている彼の目を羨んではなるまい。
現在の僕にだって、同じように“見ること”は可能なはず。
諦念の彼方に強い光と影のコントラストに彩られたリアルがある。
生きていよう、愛しい者たちと。だらしない時間を重ねても。

BGVは、Coccoのシングル・クリップ集DVDね♪
で、遅ればせのマイ・ブームは意外にも「ちゅらさん」(笑)

では、ここしばらくの「静かな大地」への一言コメント集。

10月2日
題:110話 札幌官園農業現術生徒20
画:鋲
話:では私らが北海道をオランダと成そう

 もしもし?榎本武揚公に触れるのはいいけれど、
 お話の運びが『武揚伝』のサマリーではありますまいか(^^;
 三郎少年を“夢を継ぐもの”とするエピソード。
 やはり『武揚伝』は第一級の副読本、書評が読みたいです。
 同時に面白く『武揚伝』を読んだけど現在の日本と結ぶ線が
 見えない方は「静かな大地」を読みつづけてみませう(^^)

10月3日
題:111話 札幌官園農業現術生徒21
画:靴ベラ
話:最初にベーマー先生が歌われた

 軍歌、労働歌、革命歌。詞、メロディー、声。 
 未来にもバリケードの中で高らかに声を合わせて
 革命歌を歌ったりすることはないだろうけど、
 路上で歌う若い衆の声に足を止めることはある。
 歌の持つ共同性の力。観念と身体と他者を媒介するもの。
 『言語とフェティシズム』の故・丸山圭三郎先生は、
 ソシュールの研究者であり、カラオケの名人でもあった。

 「じゃ、歌っちゃおっかねぇ♪」(古波蔵恵文)

10月4日
題:112話 札幌官園農業現術生徒22
画:釘
話:薩摩征伐に五十名も出征したとはまっこと驚き

 明治10年という時代。西南戦争の意味。日本の北と南。
 北海道開拓のグランドデザインを決める明治政府は、
 ほとんど「薩摩帝国」そのものでもある。
 近代の自家中毒ともいうべき内戦の多大なコストを思うとき、
 穏健な公武合体路線による改革の途はありえなかったか、
 というシミュレーションが必要だろう。
 “19世紀の魔物”、英国が許さなかったのだろうか?
 パレスティナ/イスラエルにも、アフガニスタンの現状にも
 長いスパンで「責任」を持つ“世界史的いらんことしぃ”。
 うーむ、やはり「異貌の英国史」が欲しいところか(^^;

10月5日
題:113話 札幌官園農業現術生徒23
画:栓抜き
話:“ポッコーン”の作り方

 相変わらず「作り方」系の好きな作家さんです♪
 “人生のエピキュリアン”ですしね、僕に言わせれば(笑)

 それこそが最大最強の抵抗の拠点たりうるのだ、というのが
 「楽園は可能だ」とウソぶく“なりゆき主義”者の持論かも。

 とても真似できませんな(^^;


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