「静かな大地」を遠く離れて
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2001年07月29日(日) |
山と海と川、そして鈴原冬二の“声” |
題:47話 最初の夏17 画:落花生 話:マキリとタシロは日用の具だ。それがなければ暮らせない。
武士の腰の大小は儀礼の具と成り下がり、彼らは都市官僚そのものだった。 少年たちは、“日用の具”を腰に帯びた同年輩のアイヌの子どもたちを見て 周囲の山と海と川の声を聴く。それなしでは「ここでは生きていけない」。
ヒトが他の生物の命を摂取して生きている動物である以上、この声は プリンシプルとしてずっと有効だ。闇雲に祝祭の狂乱を演じてみたりして 純経済的には一見非効率な蕩尽を繰り広げたりする奇妙なサルであっても。 狩猟者の共同体の暮らしぶりには、とりわけそれが鮮明に見て取れる。
道具を巧みに操る快感。 斉藤令介『田園生活の教科書 辛口のカントリーライフ入門書』(集英社) という本が面白い。気分としての田園趣味を排して道具のマニュアルに徹した ところが企画の勝利。ほとんどミリタリー・マニアが武器や携行用具に注ぐ 熱っぽい視線に近い。なにかに似ていると思ったら、柘植久慶氏の本か(笑) 元グリーンベレー教官の触れ込みのコワいおっさんで『サバイバルブック』 という著書がある。他にも戦記物と国際謀略物の本を多数書いている人。 ぜひ彼を起用してETVの夜の手芸とか園芸ノウハウ講座をやっている時間帯に 「週刊サバイバル」という番組を放映してほしいものである(爆) 余談でした(^^;
で、斉藤令介氏のほう。彼の田園生活は、よくある都会から田舎へ、という ベクトルではなく、ほんまもんのハンティング・フィールドから田園へ、 という特殊なケースで、そのままでは一般人の参考になるわけがない。 それゆえにこそ、本としては極度にハウツーに寄せているのだろう。 さまざまな道具の使用法を詳しく写真入りで紹介しているのを見ている だけで、結構その気になってきて、なかなか楽しい。 しかし、その背後には自然と世界に対するハードな思考がある。 彼には『原始思考法』など狩猟者の目線からの社会評論の仕事もあって、 その“辛口”ぶりは筋金入りなのだ。 佐々木譲先生もご自身のホームページでこの本を取り上げて、一寸大仰な 著者の姿勢に突っ込みを入れてらっしゃる。 #その佐々木先生も北海道生活をネタに集英社新書を出される予定(^^)
この斉藤氏、誰あろう、あの鈴原冬二のモデルなのだ。 村上龍の『愛と幻想のファシズム』のカリスマ狩猟者→独裁者の主人公。 斉藤氏がフィールドで得た経験値から世界のことも社会情勢のことも 透徹した物言いでズバズバと「真実」を語るのを聞いて、村上龍氏が、 「この男が、良い“声”を持っていたら独裁者になれるかもしれない」 と思ったのがきっかけだったとか。もう古い話なので「意訳」ですけど。 僕は鈴原冬二と、その仲間たちの物語を、ずいぶん夢中になって読んだ。 いま考えると、その後に関わることになった要素が沢山詰まっていた。 物語の冒頭はアラスカが舞台だし、冬二が若い頃に狩人の老人に師事して 歩いたフィールドは日高ではなかったか? そして北海道がダミー・クーデターの舞台となっていくあたりは、 後年の『希望の国のエクソダス』へとつながっていくモチーフだ。 九州男児・村上龍の北海道。
そして帯広生まれの池澤御大の北海道。 五郎のマキリを見たときに、自然の“声”を聞いてしまった由良の父は いったいどんな「向こう側」を見てしまったのだろうか。 そして兄・三郎は、どんな世界へとエクソダスして行ったのだろうか。 すべては、これからだ。
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