「静かな大地」を遠く離れて
DiaryINDEXpastwill


2001年06月11日(月) いけざわキーワードコラムブック:火山

さて本家の連載開始前の「原論編」的プロローグ企画シリーズ、
といえば格好はいいが、ズル更新(笑)のネタも尽きてくるので
とりあえず予告通り最終兵器を投入しませう。
このネタ、今回の御大の作品に「採用」されないかな、
とかしょうもないミーハーなこと言ってたやつ。
中にはもう見飽きた人もいらっしゃる文章ですが、
また大幅に改稿しています(^^;
っていうか、ズル更新しようと思って手を入れはじめたら
エライ時間かけてしまった。明日仕事をズル休みするとしよう。
こんなもんが日々アップされると思って読みに来られても困ります(笑)
御大の連載がいよいよ始まるので、しばらくはスタイルを探りますが
ラクに続けられるようにするつもり。
ともあれ『静かな大地』前夜バージョン「いけざわKCB:火山」を
ご堪能あれ(^^)


「いけざわキーワードコラムブック」
(どこにもない、不可視の書物、組成はイケザワ的なるコトバたち)

 か:火山

『真昼のプリニウス』の主人公・火山学者の芳村頼子は、
火山・浅間山を通して巨大な「自然」そのものと対峙する。
江戸時代、山麓の村々に甚大な被害をもたらした大噴火で
成層圏まで広がった噴煙は地球を半周して欧州にまで及び、
同時代のフランス革命の遠因ともなったと言われている。
アイスランドの火山との複合噴火が決定打になったという。
作品中で頼子がアイスランドでの研究生活に心傾けていた
ことを思うと因縁めいたものを感じたり。でもそんなこと
は当然なのだ、だって火山をめぐる想像力は地球の深部で
世界中につながっている。

火山の複合噴火をめぐるもうひとつの物語/歴史がある。
北海道の先住民族アイヌの最大の蜂起事件として史上に残る
「シャクシャインの乱」。1669年に起こったこの事件の
原因を、有珠山(1663)と樽前山(1667)の二つの
火山の相次ぐ噴火による食糧危機に求める学説があるのだ。
シャクシャインのお膝元、日高管内の静内町は競走馬の生産
で有名な緑の牧場町だ。池澤夏樹の祖を辿ると流れの一つは
静内に遡ることができるらしい。北海道を舞台に幻想と現実が
入り交じった大きな枠組みの小説作品の構想もあるやに聞く。

森の植物や川に上るサケを主な食糧としてきたアイヌの人々に
とって、大量の火山灰の降下は死活問題だっただろう。
松前藩の圧政は、それに追い打ちをかけたはずだ。
為政者に不満が募る中での自然災害は、充分に革命や戦争の
「原因」となりうる。歴史の動因が、ひとりの英雄の出現や
政治的駆け引きなどよりも自然環境の変動に求められるのは
もっともな話。「自然とともに生きる」とはそういうリスク
と共にあるということだ。
学説の提唱者は、歴史学者ではなく火山学者、それも女性。
29歳で若くして世を去ったという札幌出身の徳井Y美さんが
お茶のM女子大大学院修士論文(1993)として発表した。

この話を知ったとき、僕は頼子さんのことを思い出していた。
頼子さんの着想源の一つは宮澤賢治「グスコーブドリの伝記」
だったという。サン=テグジュペリの『星の王子さま』の星にも
火口の煙突掃除を必要とする可愛らしい火山が描かれていた。
『ハワイイ紀行』のキラウエア、『ギリシアの誘惑』の中の
サントリーニ島、『バビロンに行きて歌え』の伊豆大島三原山。
星野道夫が若き日にその生き方を決めたのに、火山の噴火で
大切な友人を亡くしたことが大きな影響を与えたともいう。
思えば福永武彦の傑作『草の花』の浅間山の描写も印象深い。
いったいこの池澤夏樹の周囲の「火山癖」は何なのだろう。
火山愛、あるいは足穂の天体嗜好症に倣えば火山嗜好症か。

池澤夏樹の火山をめぐる想像力の痕をたどるように、これまで
ずいぶん火山を訪れてきた。芝浦に住んでいたころ東京港から
一晩かけて船で訪れた伊豆大島の三原山、ヘリコプターで上空を
旋回しながら眺める機会を得られた樽前山、エーゲ海を船で
10時間堪能してたどりついたサントリーニ島、ビーチリゾート
を背にしてわざわざ見物に行ったバリ島のキンタマーニ。
あるいは多摩川を渡って通勤していたころ晴れた冬の空に遠望
できた富士山の神々しい姿。

都会の真ん中から遠望する火山と対極の体験をしたことがある。
シャクシャインの乱を惹起したという有珠山や樽前山の火口原を
歩いたのだ。絶え間なく噴出する礫や灰のせいで草木が着床せず
まばらな植生しかない死の世界。月の表面にも近いかもしれない。
1977年の噴火まではうっそうとした森をたくわえていたという
有珠山の火口原には、当時火山噴出物を浴びて死滅した木々が
今なお20余年の歳月を経て風化の途上にある。白々とした巨木
たちの亡骸は、やがて粉々の木片となって火山灰に混じり有機物
の提供者となり、小さな草の糧となるのだろう。いつの日にか、
巨樹の森がふたたび姿をあらわす時が来るのだろうか、そんな
感傷とは無縁に、2000年の噴火はさらなる火山灰を重ねた。
火山の火口原ほどに、人間に無関心なる自然そのものと向かい合う
感覚が得られる場所は今どき少ないかもしれない。
外輪山に囲まれて人工物は何も目に入らない。空は太古のまま。
ガスが吹き出すかすかな音と岩が崩れ落ちる乾いた音がすべて。
無様に動き回る動物はおろか、静かに居場所を拡げようとする
植物さえ、地球的時間スケールの中で身の置き所を見つけにくい。

「静かな大地」北海道は、現在気象庁の常時観測火山が5つもある
火山の島でもある。駒ヶ岳、有珠山、樽前山、十勝岳、雌阿寒岳。
江戸時代に英国の船の船長が名付けた噴火湾という名前の湾もある。
生誕の地ならずとも、池澤夏樹を呼び寄せる力が充分にあるはずだ。


時風 |MAILHomePage