in my room

2001年06月17日(日) メメント モリ

死というのは、エロティシズム以上に人に関心を持たれるテーマだと思っていたのだが、どうも違うらしい、僕だけだったらしい。
というのも、人の本性が噴出する2ちゃんねるで、死に関するスレッドがないのだ。
いや、事件や、何人殺しただとか、僕ちゃん死にたいばぶー、だとかはうんざりするほどある。
でも、本質、死ぬと自分の存在がなくなることについての不安なんてだれも書いてないのね。
怖くないの?今考えている自分がものでも土でもなく、もはや空気でもなく、なにもなくなってしまうということ。僕にとっては、大事な人が死ぬのは悲しいけど、自分が死ぬのはその1000000000000倍悲しい、というか恐怖だ。
ほんとうに怖くないの?
自殺する人で、この自殺は体がぐちゃぐちゃになっちゃうからだとか、痛いからだとかで、もっときれいで痛くない死に方がしたいという論議が盛んだ。けど、僕はどっちにしろ、死んだら無に帰するわけだし、その論議を導いたことは理解できるが、それ自身は焦点がずれているようで興味の範疇でない。
でも、死は語るものではないのかもしれない。みんな、心の奥底で深遠な個人的概念をふくらませているのかもしれない。
やはり、インターネットで流したところで解決しないし、各自押し隠していくこと、をインビジブルハンドで決定されているのだろうか?
インビジブルハンドで統制されていることは、以外に多くて、
物体はどんなに速く進もうと、光の速度に近づくほど、抵抗は大きくなる。
もっと卑近な例を挙げれば、
子供はあらゆる人が見てかわいいように作られている。
結婚という儀式をしなくてはならない。そうでなくとも、基本的には一人の人しか愛せる状況にない。(不倫だとか浮気だとかで社会的にも、それから第一相手からも猛烈に敬遠される)
死者には葬式をしなくてはならない。
ずっと、ぼーっとしているといわれもない罪悪感、倦怠感に襲われる。
なんてきりがないからやめるが。
所詮、僕らはミームをのせるビークルなんだよと思えば、気はすこーし楽になるけど。
こういう話は宗教っぽくなるのが、いやだな。ちなみに僕はプロテスタントだ!
うそだけど。
あーあ、人をいやな気分にさせるものについて熱く語っちゃった。ごめんごめん。もう、やめよ。


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