(仮)耽奇館主人の日記
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2005年04月16日(土) 食貧乏を救え!

本日の後半は、半年前から一人暮らしをしている同期の同僚のマンションに出向いて、メシを作ったり、惣菜作りをしていた。
先週、健康診断を人間ドックでやって、かなりヤバイことになっているというので、理由を聞いたら、とにかく食生活がメチャクチャなので、私が改善をアドバイスすることにしたわけである。
「ほお、いいところに住んでんな。オートロックときたもんだ。家賃いくらだい?」
「十二万だよ」
「何ィ、十二万?バカじゃねえの。いくら、家賃が給料の三分の一が基本だからって、きっちり三分の一にしなくたっていいだろ」
「犬神んとこはいくらだっけ」
「五万。ボロだけど、屋根裏部屋つきの、3DKだぜ。一人で住むには贅沢な広さだよ」
「おまえ、オレよりもらってんだろ。今月でまた昇進したんだから、余計もらうくせに、なんでまたそうケチなんだ?」
「お金を貯めるからだよ。買いたい本がいっぱいあるんでね」
「まだ本を読むのかよ。もう十分だろ。女に使えよ、女に」
「あいにく、オレの女性関係はお金で成り立ってるんじゃないんでね。オマエ、奥さんに逃げられたからって、ヤケになってこんな高いとこに引っ越さなくたっていいのに。こんなんじゃあ、寄ってくる女、オマエじゃなくて、マンションの清潔感そのものが目当てだぜ」
「なあ、はっきり言って、犬神が女にもてる理由ってなんなんだ?どうしてもわからねぇ、オレよりオシャレじゃねえし、ブサイクだし、耳が悪いし、オタク以上の危険なマニアのくせに」
「それだよ、それ。まさしく、危険なマニアだからさ。マニアだからこそ、何でも知ってるし、またたいていのことは出来るんだ。料理もね。その料理でオマエを助けてやろうってんだから、おとなしくしてろよ」
一応、近くのスーパーで食材を買ってきたが、冷蔵庫を開けると、ドッグフードのビタワンが袋ごと入ってるだけなので、私はおやおやと声をあげた。
「何、オマエ、犬飼ってんの?自分のエサより愛犬のエサか。優しいこったな」
「飼ってねえよ。オレのエサだよ、それ」
「ドッグフード食ってるってか、オマエな・・・うめぇのか?」
「不味い」
「なんでそんなんなっても、自炊しねんだよ」
「料理は女のやることだから」
「バカこいてんじゃねえ。じゃ、オレ帰るわ。野郎の作ったものなんか食いたくねえだろ?」
「わー、悪かった、悪かった。すいません。作って下さい。お願いします」
そんなこんなで、腕によりをかけて、香ばしいチキンライスを、半熟のとろっとしたオムレツに包んで、本気度百パーセントのオムライスを作った。
スプーンと皿すらないので、急遽、同僚をパシらせて、百円ショップで買ってこさせた。
で、二人で食べながら。
「どうだ、お味は?」
「うめぇなー。さすが、犬神さん」
「うまいものは、毎日食いたいだろ」
「そうだねぇ。結婚してよ」
「バカ、オマエが自分で作るんだよ。作り方教えてやるから」
「ええー」
「えーじゃねえ。これ以上不健康になったら、オレの肩にオマエの分までズシッとくるんだ。そのためには、ドッグフード生活とすっぱり縁を切ってもらわねえとな」
「カロリーメイト生活とかダメかい」
「それ、一年間それのみで生活してたのを知ってるけどな、そいつ、胃潰瘍で入院したぜ」
こういう人種は、コンビニ弁当とか、ほかほか弁当で生活すればいいのだが、こいつの住んでる高層マンションの周囲には、びっくりするくらい、コンビニもなければ、ほか弁もない。
あるのは、スーパーだけである。
じゃあ、スーパーの惣菜、弁当があるじゃないかと思うのだが、この男はなんやかやと難癖をつけて、買わない。好みじゃない、冷めてるとかなんとか。
それでドッグフードを食べるようになるなんて、最低だ。
「一番最低の食生活って何だか知ってるか」
「ホームレスかい」
「そう、ホームレスなんだが、都会のホームレスは食うものがたくさんあるからな。最高の方さ。『失踪日記』(イースト・プレス発行)の吾妻ひでおだって、なかなかの食事をしてたからね。『戦争の犬たち』(角川文庫)という映画にもなった小説に出てたんだけど、食うものがなくって、ダンボールを千切って食べていたっていうんだ。そこまでいったら、もう最後だぜ」
「うまいのかな、ダンボールって」
「そういうことを言ってるんじゃねえ!」
お金はあるが、気持ちとして、食べることに執着しない者を、食貧乏という。
理由は様々だが、本能のひとつである食欲をここまでおとしめられるんだから、もはや心の病気ではないだろうか。
いかに美味しく食べることより、いかに死なないように食べるか。
いくらケチな私でも、食費を削るような真似はしない。
安くても、可能な限り、いい食材で、それを蓄えた知識と腕でさらに美味しい料理にする。
そういう手間に時間をかけない、またはかけられないのだろう。
全く病んでいる。
私の最も尊敬する小説家、開高健はその著書「最後の晩餐」(文春文庫)にて、サミュエル・ジョンソン博士の言葉として、次に掲げる一文を紹介している。

「腹のことを考えない人は頭のことも考えない」

よくよく噛みしめるべき金言である。
今日はここまで。


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