(仮)耽奇館主人の日記
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うちのお寺の副住職として招く人物が正式に決まった。 インド人青年で、祖父の代からのインド仏教徒である。 三男、独身、恋人なし。 裕福ではあるが、自分で稼いだお金で苦学し、奨学金を得てイギリスのオックスフォード大学へ留学したというインテリでもある。 母国語以外に、英語、フランス語を流暢に喋れるが、肝心の日本語がダメ。 趣味は読書とチェス。性格は生真面目で温厚。 現在はロンドン在住だが、今月中にそこを引き払って、うちへ向かってまっすぐ来日する。 写真を見たが、なかなか実直そうな顔つきだった。 私は、からかいがいがあると、思わずニヤリと笑った。 名前は、ここでは、芥川龍之介の「魔術」に登場するインド人魔術師の名前を拝借して、マティラム・ミスラと呼ぶことにしよう。 「ガンジー制度とか大丈夫なの?」と住職を務める従弟の嫁。 「は?」と私。 「ほら、金持ちと貧乏人の身分の差が激しいじゃない、インドって」 「ああ、カースト制度な。そのへんは心配ねえよ。家が仏教徒だもの」 「はー。日本語がダメだっていうけど、どうやってやりとりするの?」 「最初は英語さ。ああ、英語がダメなの、あんただけだよな」 「えっ、うちのダンナ、英語喋れるの?」 「夫の資格くらい把握しとけよ。あいつ、英検一級だぞ」 「どうしよう。アタシ、なんてやりとりしたらいいのかしら・・・」 「実は、英語がダメなあんたの方が、日本語のいい先生になるんだよ。それだけ、向こうは一生懸命あんたとやりとりするだろうからね」 「うーん。ところで、肝心のお部屋は?」 「オレがガキの頃使ってた部屋にしよう。本の山は来るまでにかたしとくよ」 「お願いします」 こんな具合で、現在、お寺はけっこう大騒ぎである。 嫁は、とにかく、先入観というか、思い込みが激しいので、オックスフォード大学という名前だけでも、オロオロしてしまっている。 そんなインテリとどうやって話題を合わせたらいいのかというのだが。 とりあえず、食べるもので何が好物か聞いとけとアドバイスしておいた。 ちなみに、ミスラ君を招くことになった経緯は、ロンドン在住の怪奇小説がらみの同好の士の紹介がきっかけである。 卒業論文で、仏教も含めた全世界の宗教を幻想とやっつけている、君そっくりの面白い男がいると聞いたので、興味を持ったのだ。 それで、トントン拍子でここまで話が進んだというわけだ。 ミスラ君にとって、宗教とは。 既存の、死後の世界などを持ち出して、あれやこれやと半ば恫喝して強制するようなものではなく。 あくまでも、徹底的に個人的なものだという。 即ち、自分自身の心の問題だ。 他人なんて関係ない。 そこが、私と全く同じなので、ものすごく気に入ったのである。 これから、色々と大変だろうけれども、その分、楽しくなりそうなので、実に嬉しい限りだ。 念のために。 お寺の宗派は浄土真宗である。南無阿弥陀仏を素早く「なまんだぶ」と唱える方だ。 同じ宗派で、インド人青年でも結婚相手として問わない、そして、この私との家族づきあいが大丈夫という、十八歳から二十七歳(ミスラ君の年齢)までの女性は、簡単なプロフィールつきでメールを下さい。 早いとこミスラ君に所帯を持たせて、お寺をますます盛り上げたいという私の政治的策略に是非ご協力を。 今日はここまで。
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