(仮)耽奇館主人の日記
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契約更新をしに来た新聞屋のおじさんと談笑していると、最近、国府台の区域を配達している若いバイトの子が、顔面蒼白、股間をびしょびしょに濡らして帰ってきたことがあったということを聞いて、私は思わず、ニヤッと笑った。 「あのへん、すっかり新しく建て直したんですけどねえ。やっぱり、何か見たんですかね?」と私。 「うん、附属聾学校も、和洋学園も、国府台高校も、みんなヤバイですよ、昔からね。真っ昼間でも、薄気味悪いですもん。犬神さんは、聾学校の出身?」とおじさん。 「そうです。と言っても、三年くらいしかいませんでしたけどね。幼稚園の頃ね」 「それでも、三年もあすこにいたわけでしょう?何か体験されてます?」 そこで、私は、矯正器具をはめた歯を大きくむき出して、ニヤリと笑ってみせた。 「ええ、これでもかっていうくらいにね」 そして、おじさんに以下のような話を語って聞かせた。
聾学校には全国から学生が集まる寄宿舎がありましてね、知ってます? あの病院を改造したの。そうそう、見ただけでうわって思うくらい、ボロイところだったですよね。 今じゃ、ホームページ見ても、すっかり見違えてますけどね。 昔は、国府台の中でも、一番「出る」ところだったんですよ。 元病院だっただけに。 私の同窓生が、母親と一緒にあそこに住んでたんですけど、たった一日で飛び出しちゃったんです。 理由は当時、私はまだちっちゃかったから、分からなかったんですけどね、大きくなってから聞いたところ、血まみれの兵隊が廊下を歩いてるのを見たっていうんですよ。 ええ、兵隊の幽霊はもう有名です。お隣の和洋学園でも出ましたしね。 あのへん一帯が旧日本陸軍の駐屯地でしたからね。 私? ああ、私が見たやつですか? 私はねぇ、悪友たちと肝試しをやってた時に、寄宿舎の、病院時代に受付窓口だった部分に、全然見たことない女の人の顔を見ました。 その時は、新しく入居した人かなって思ったんですが、世代が一回り離れた後輩に聞いた話だと、寄宿舎のメンバー総出でキャンプファイヤーをやってたら、やっぱり受付のところから女の人がじーっと見つめていたんだそうです。 看護婦さんの幽霊なんだそうですが。 その若いバイトの子は、その寄宿舎も配ってるんですか? 配ってる? じゃあ、やっぱり何か見たんですよ。 大体、国府台は古墳時代からよくない土地柄でしてねぇ、うん、里見公園の中にあるでしょう、古墳の遺跡が。 「妖怪の碑」なんてのもあるしね、あそこ。 戦国時代は戦場でしたし、古い記録だと、馬に乗った武者の幽霊とか出たそうですよ。 とにかく、どんなに霊感のない鈍感な人間でも、必ず何かを体験するという剣呑なところですよ、国府台ってのは。 おかげで、地元のタクシーは、真夜中に国府台までって言うと、ものすごく嫌がります。乗車拒否ものです。 おじさんは国府台の区域を回ったことあるんですか? ない? ああ、地元だから、あえて担当しないと。 担当を任せるのは、千葉県以外の人? なるほどー。
私とおじさんは、お互い、感慨深げに、微笑を浮かべ合った。 もうすぐ花見である。 国府台のようなところでも、一年を通して、剣呑さを忘れられる時が二回あるのだが、そのうちの一つだ。 もう一つは、夏の花火大会である。 幽霊たちはいつもは私たちを陰から見つめるが、その時ばかりは、私たちと一緒に桜や花火を見つめているのだ。
それにしても、あのへんを担当して、夜中から早朝にかけて、新聞や牛乳を配り歩くなんて、私はほんとうに心の底から尊敬してしまう。 もっとも。 おじさんの話だと、どこの人も、長く担当を続けられないと言うのだが。 今日はここまで。
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