2001年07月25日(水) |
ステップ5「どっちの勝ち?」※21日からの続き |
ちょっぴりのスリルをともないながらも、当初の目的は遂行された。 とりあえずポトフの具としての、コンビーフのはしっこも口にした。 毒消しに粒マスタードを使ったとはいえ、それを口に運ぶ時は、 ちょっぴりのスリルなんかでは済まなかった。 それはきっと、高い高いふたつのビルの間に渡らせた、 細い細い綱の上を渡るかのような。 まだ春浅い早朝、池の表面にはった薄氷を踏むかのような。 ……………………………そこまで、命かけてどうすんねん。
寝苦しい夜を過ごしたその次の日。 心配していたお腹の調子も悪くはならなかった。 よかった。
いろいろ、消毒をこころみた成果が。 やっと、安心して、味わえる。 ここまで苦労して作ったものは、それなりに味わいたい。 それが、調理人の醍醐味というもんだ。 たとえ肉の小片が、粒マスタード味や、 ゆずとうがらし味でしか、確かめられなくても。
その日は前日に引き続き、めちゃくちゃ暑かった。 いくらなんでも、もう熱々ポトフを食す気にはなれない。 氷をいれて、冷やしポトフを食べるコトにしよう。 スープはやや塩辛かったし、氷が溶けたら、ちょうど良く薄まるだろう。
苦労して作った、ポトフが入っている鍋の蓋をとる。 とると同時に感じた、はっきりしない一塊の空気。 ………………………………………………もあ〜ん。
間違えて、アラジンのランプでもこすったか? そして、異臭…………………………………………。
え?
視線はしばらく空中を漂い、その後ゆっくりと鍋の中に移った。 なぜかその時、すべてが止まってみえた。 その時なら、どんな豪速球投手からだって、ホームラン、 と言わないまでも、確実にヒットを打てたはずだ。 ビデオフィルムのコマ送りのように、視線が移っていったその先には。
ポトフの表面全体にうっすらとかかった、クリーム色の被膜。 そして、異臭…………………………………………。
たった一晩です。 たった一晩で、それはそれは見事な腐敗進行。 倒したと思っていたヤツは、表面に出てこなかっただけで、 どこかで再び、食品を侵略するすきをうかがっていたのでしょう。 どこかって、そりゃもとの肉の中に決まってますけど。
もう、疲れました。ヤツと闘うのは。 もとより、闘う必要などなかったのですが。 私は鍋をシンクの上で裏返し、一面に広がった野菜を黙々と、 ビニール袋にほりこんだ。 キャベツ、小玉葱、にんじん、だいこん、しめじ、ブロッコリ。 毒消し効果を期待して入れた、セロリ、長葱、しょうが。 全てにさようならだ。ごめんなさい、お百姓さん。 本当に本当に、ごめんなさい。
こうして、コンビーフ作りのグランドフィナーレは終わった。 あの無気味な白い泡をつくりだしていた例のヤツ。 ヤツに全てを持っていかれて。
が。
前日、粒マスタードをたっぷりつけていたとは言え、 私は確かにそれらを口にした。一食分、しっかりと。 そしてその後、お腹になにひとつ、異常の起きなかった私。 ヤツと私との闘いのみに、焦点をしぼれば? ひょっとして、私…………………勝ってる?
「そうだ、そうとも!なんたって、君の勝ちだよ」 そう思ってくださる方、どうぞ左のボタンを押したってください。 私は自分が勝ったと思ってます!! 誇れるコトかどうかは、別として。
|