Shigehisa Hashimoto の偏見日記
塵も積もれば・・・かな?|それまで|これから
2002年09月08日(日) |
何事もほどほどに・・・ |
どうにもこうにも広井王子が嫌いなわしである。なぜ彼はあれほどまでに日本を愛しているのだろうか。いや別に愛国心自体は悪いことでもないし個人の思想に文句をつけることはさもしいことなんだけど、彼の日本に対する思い入れというものは単なる愛国心という範疇を越えて偏愛というか異常というか、とにかくそのような言葉が当てはまってしまうような危険性を孕んでいるのである。
わしはほぼ毎週「ファミ通」という雑誌を購入しているがこれに彼のコラムが載っている。そこに書かれていることのほとんどが日本万歳(それもいわゆる古き良き時代と讃えられるころの日本)であり、西洋諸国の徹底批判であり、あるいは近代化政策への憎悪であることに終始している。その論理は自文化中心主義者のエゴイズムと重なる。客観的に見ると非常に気味が悪い。
わし自身だって日本は大好きであるし世界に誇ることの出来る文化・慣習も沢山あると思っている。しかし自文化と他文化を相対化しそこに日本の優越性を鑑みようとするのは行き過ぎである。そのような観点では自文化が最も正しいという結論に行き着くのは必至である。考えが浅いし甘いと言えよう。さらに広井は欧米諸国が「列強」と呼ばれた時代の近代的・合理的に特化した政策を忌み嫌っている節があることを指摘しなければならない。あまり風呂敷を広げすぎると収集がつかなくなるので手短に述べるが確かに欧米の政策は、それをもっとも端的にあらわした植民地政策や戦争主義に見られるように数々の悲劇を引き起こした。しかし、それと同時に科学の発達による様々な繁栄をもたらしたことも忘れてはいけない。わしは別に科学万能主義者ではない。むしろ欧米列強の政策を否定的に捉えている。植民地や戦争に反対なのは言わずもがなである。しかし一連の政策はいわば「諸刃の剣」であることは把握しておかねばなるまい。歴史のうねりの中でまさに今、わし達は生きているのである。「文化のイイとこ取り」は許されない。
自文化では当たり前のことが他文化では当てはまらないことは多々ある。だからといって「他の国はおかしい」とか「それに比べて日本は優れている」というのは人間として成熟していない(まったくもってまだ未成熟のわしが言うのもなんだが)。ここにおいて広井はバランス感覚が決定的に欠如している。日本文化を守るのはとても良いことだがそのために外国をけなすのは止めてもらいたい。同じ日本人として品格が傷つく。これでは協調も世界平和もくそもあったものではない。平和を望むのなら自文化と他文化の違いを認識し、そしてその違いを受け入れることをしなけらばならない。国際人とはこれを出来る人のことを言うのだと思う。
いつのまにか個人的に考えている国際人としての心得を話す場になってしまった。最後に広井についてもう一言。自分のことを広井「王子」と名乗るのは恥ずかしくはないのでしょうか。その辺の感覚が麻痺している時点で既に人間的にアウトのような気がしますよ。
橋本繁久
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