| 2003年05月24日(土) |
素晴らしいプレーを称えるメジャーリーガー |
昨日の試合で新庄がセンターからの返球でホームでのタッチアウトを 取って試合に抑え勝ちしたあと、プレーヤーたちが素直に喜ぶ姿を 見て、あぁこれがアメリカだと思いました。
チームが勝利するためには個人の貢献が必要だ。 でも個人の派手なプレーが必ずしも勝利をもたらすとは限らない。
評価の重点はあくまでチームの勝利にどれだけ貢献したかであって、 どれだけ個人が目立ったプレーをしても、作戦と違うことをやって しまっては反感を買うだけ。これではチームの雰囲気も悪くなります。
チーム方針に個人は埋没しろというのは後ろ向きな考え。 チームに貢献するためにどれだけ個人の能力を発揮させるか。
埋没するのではなく、引き立てるのです。 個人の輝きは必要ですが、それが目的ではない。結果オーライでもない。
個人の目的とチームの目的は必ずしも同じではありません。 それは企業においても同じこと。だから組合が存在する。
個人が輝くためには、結果を評価して収入面で反映してあげることが 必要になります。そのためには、その人が属するチームやら企業が 業績が良くなくては輝きに見合った報酬は得られません。集団に属して いる以上は、その集団の利益が一番で、個人はその次です。もちろん 集団の中での輝き具合によっては個人に差が出てくるので、輝きを衰え させることは個人にとって不利だから、集団に属している以上は輝きを 保つことが個人にとってはより有利な条件を獲得できることになります。
要するに個人の輝きは個人のために使うのではなく、集団のために使う ことを念頭に入れて、時には自身では輝いたとは思わないことも、集団 からすれば輝いて見えることもあります。
細かいことは組織論の専門家に譲るとして、組織には組織の、個人には 個人に求められるものがそれぞれあるということです。個人だけが大事 なら、新庄の光るプレーに他の選手が賞賛を送ることはしないでしょう。
チームが勝つからこそ自分の収入が上がるという現実をメジャーリーガー たちはよく認識しているということでしょうね。これを文化の違いという ことで済ませていいのだろうかといつも考えています。 企業の1歯車として。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
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