しむちゃんのつれづれ日記
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2003年05月18日(日) やっぱり小泉内閣支持

今日のサンデープロジェクトでは、銀行のあるべき姿と称して特集を組んで
いましたが、これは敢えて特集を組むまでもなく当たり前のことですが、
「企業の育成」ですよ。リスクを正しく査定して、銀行としてしかるべき
金額の資金を提供する。貸し出すからには収益をあげることが前提だから、
その企業が収益を上げるために銀行としての経験やノウハウを提供して、
企業収益のバックアップをする。企業も銀行へ経営内容を正しく提供して
情報の不一致がなく、お互いに信用をするところがスタートになります。

UFJ銀行の寺西頭取(銀行協会元会長)は企業の再生が銀行業復活のカギ
となる旨を主張しておりますが、そもそもその前提となる企業への融資姿勢
をどうするかという観点が抜けている。お客様の観点で、というならば、
やはりその原点である企業への融資姿勢が健全でなければ、落ち込んだ状態
からの再生という結果からの解決をしようとしても、銀行の復活ではなくて
ただの取り繕いとしかいいようがない。これで仮に銀行収益が上がったと
しても、新規融資に付いては手を付けていないわけで、新たな資金需要の
開拓による収益増加ではありません。

その中で、多摩中央信用金庫の行っている、「融資に格付けは関係ない」
という姿勢は評価できると思います。トップの考えは、破綻懸念先に融資
するためには自己資本比率を犠牲にしなくてはならないが、大手銀行のよう
な自己資本比率にこだわる姿勢は企業の再生、育成に対する阻害であり、
恥ずかしいと思う、ということ。リスクテイクを恐れない姿勢です。

じゃあ、こういったことは今までなされていなかったかというと、そうでは
なくて、金融庁の検査マニュアルができるまでは、貸し渋りや貸し剥がしは
表だって存在していませんでした。もちろんそれらは個々には存在しました
が、全国的に銀行業界が並んで行ったのは規制ができたからです。これが
なければバブル崩壊によって潰れた企業への融資の回収不足は、いつまで
たっても表面化してこなかったでしょう。

つまり新規融資を行った銀行の姿勢は健全だったのですが、その貸し出しの
担保を事業計画による収益見込みではなくて安定であると信じていた不動産
に求めたこと、それから過去の失敗を隠匿する体質であったことが不健全で
あったわけです。融資姿勢の過ちで損が出たならば、それを正しく計上し、
しかるべき処置をするべきですが、それを隠し続けたことが今の不良債権
問題になっています。いわゆる問題の先送りです。銀行側の言い分としては
先送りせざるを得なかったということになります。莫大な損金の計上をする
ことで信用ががた落ちになるから市場から突き放されることになるからね。

会社の経営が傾くような行動よりも、穏やかな処理の仕方は誰もが望む方法
であるわけで、特に収益の上がらない状況になってからは、その姿勢がより
強くなるわけです。政府はそのやり方が甘いと言っているわけです。国民の
知りうるところになってしまっては、政府も動かざるを得ないよね。

ただ、建前としてはやはり企業の健全な行動は当然なことですから、それを
チェックする体制が整っている、つまり情報の正しい公開が望まれることに
なります。また、それを評価する指標を作成することになります。

目先の正しい行動はデフレ圧力。でも中長期的には景気回復に向かう方向。
このバランスをいかに適切に舵取りして行くかが政府の介入するところと
なるでしょう。だから構造改革や不良債権処理は止めるわけにはいかない
ことであるし、止めて先送りしても、より状況は悪くなるわけだから、結局
これらはやらずして将来は明るくならないわけです。そういうことを感じた
国民が小泉首相を推したわけで、これは論理的には理解していなくても感覚
としては当たっているんです。

経済の教科書には、景気の回復をするために政府が国債を発行して公共投資
を増やしたら、いずれ増税が待っているとして消費を控える行動に走るから
景気の回復はその消費の控えと相殺されて実現しないとあります。この行動
と基本的には上記の感覚は同じであるわけです。

ケインズ政策はデフレギャップの原因を問わない短期的な需要の回復を狙う
政策ですから、短期的な処置を長期に渡って行えば、そのうちに効果がなく
なってしまいます。残るのは将来への不安材料となる国債(つまり借金)に
なるわけです。デフレの原因が需要の低下でなければ、いくらケインズ政策
を行っても効果は現れません。この原因を小泉内閣は構造的な仕組みに見出
したわけで、ここに手を入れることは個々人には確実に痛みを与えます。
だから小泉首相は国民へ痛みを表明した。国民はそれを受け入れた。

いまだに需要の低下の原因を特定しないで、単に収入の減少に手当てをする
論調には飽き飽きしました。バブルの精算をしないで目先の対処だけに走る
政治家やエコノミストは信用に値しません。自分はそう思う。

需給ギャップが存在するのではなくて、需給ポイントが下がったというか、
伸びが止まったんですのです。いつまでも潜在成長率の伸びにこだわるのは
止めて欲しいです。

ちなみに、需給ポイントのことを潜在成長率といい、それが戦後ずっと右肩
上がりだった。これを経済成長と呼んでいます。実はバブル期の前から成長
率が止まっていたわけで、これを察した日銀のプリンス達が、成長率の静止
を阻止するために窓口政策で民間への融資を銀行に強要した。それが異常な
バブルの要因となって経済が過熱したわけです。経済成長もそろそろ落ち
着きを見せていた時にこういった異常な融資をしたがために民間は、そして
役所も同調して、異常な行動に走った。バブル前にはすでに経済成長が横ばい
になっていましたから、そのレベル以上の融資はすべて過剰融資なわけです。

その過剰分が資産の異常な評価増となり、そして元の姿に戻った時には不良
債権と化しているから、リストラ分を差し引いたとしても恐らく100兆円
近くの融資分が不良債権と化しています。これを消化するために、政府は
企業に介入できないから銀行を窓口として指導をしていると考えれば、銀行
に厳しい規制をかけて、それぞれの取引企業を正しく査定する行動は、政府
が狙っている不良債権処理のスキーム通り。

銀行が一義的に叩かれていますが、企業側が健全にならなければ銀行にとって
損失の計上をすることなく貸倒引当金も減らないわけだから、政府は銀行を
通して企業の構造改革をしていることになります。その受け皿として産業再生
機構を作って企業再生のお手伝いをしているというわけ。

まぁ、そういったことで「バブル以来最低の水準」なんていう言葉には
意味がないと思っています。異常な高揚を正しい上昇だと言うのなら、
バブルの正当性を説明して欲しいし政府の経済政策の舵取りミスはなかった
と説明して欲しい。それができなければバブルは異常であり、その期間の
動きは比較するに値しないと言うべきです。小泉内閣はその大きな要因と
して、特に官庁の構造的な問題を認めたわけですから、それに後押ししなく
て何に解決の道を求めようか。つまり構造改革は役所に対して、不良債権
処理は民間に対して改善を求めているわけです。

バブル期の清算なくしては経済成長はありえない。そう思います。
あとはそれを推し進めるためのスケジュールを阻止しようとする人の口を
ふさぐ手立てが欲しいところです。終わりが見えてこないのは、これらの
人たちがいるからです。さっさとやれば、さっさと終わるのです。まるで
子供が注射を嫌ってギャーギャー騒いでいるのと同じことをしている大人
たちがいるわけです。麻酔をして手術をするか、痛み止めだけを飲んで傷口
の自然治癒を天に祈るか。医者はヤブかもしれませんが、この世に専門家が
いないわけですから、まさしく臨床実験ですね。腐って切り落とすのを待つ
方を選ぶか、後遺症は残ってもケガをする以前に近い状態まで回復するかは
医者次第ですが、融通の利かない従来の術式しかやらない医者に比べれば、
他の人にはやれないことをやってのける新米の医者の方がまだマシだ。
いろいろと異論はあるでしょうが、とにかく竹中大臣がんばれ。

はい。今日は曇り。(東京地方)


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