| 2003年05月13日(火) |
小泉首相は意外と人格者?かもよ |
12チャンネルのWBSで「小泉内閣を支持しますか?」という質問が なされていますが、自分の答えはもちろんYES。
常々言っておりますが、国民に厳しいことをすると公言した首相は いまだかつておりません。その公言が実行されていないからといって、 その実行力のなさを批判する人は、小泉首相の公言を支持した人であり、 国民が血を見ることを、更なる不況を覚悟した人です。一方で、首相の 経済政策がそもそも間違っていたと言う人は、いわゆる抵抗勢力の人。 国民が痛い目に会うことを避けようとした人。
どちらも卑怯ですよね。政策実行の継続性を途中で諦めるなんてのは ポリシーの問題だけでは済まない政治家としての信頼性の問題。一方、 難しい政策運営を行っている内閣の成果がなかなか出てこなくて、国民 から批判が出始めるとそれに迎合して自分たちの思惑を主張し始める。 これは何と腹黒いことか。こういうことをするから政治家は信用されない。
政治家が上記のような小泉内閣、小泉首相を批判すること自体が信用に 値しない行動だということを理解しているのだろうか。どうして何として でも実現しようとする方向に向かわないのか。
小泉内閣には確かに危険な匂いもプンプンする(特に有事法制や北朝鮮 政策において)のですが、最優先事項の景気回復をするための構造改革に ついては避けて通れない政策であることは誰もが認めること。100年間 誰も手を付けてこなかった硬直した構造に手を入れるわけですから、1年や 2年で解決する問題ではありません。官庁や政治家だけの問題でもありま せん。国民一人一人に係わる意識やシステムの改革ですから、国が関与する 範囲にも限界がありますし、関与すべきでないものもあります。
徹底的に足を引っ張る政治家がいる体質を変えて欲しいという声が小泉内閣 支持率の低下であるならば、おとなしくなった小泉首相は勢いを復活して 欲しいところ。支持率の低迷はそれだけ期待していることの裏返しだからね。
個別の政策内容に誤りがあれば、内閣や首相を引き摺り下ろすのではなくて、 いかにして正しいことを実行してくれるように働きかけるかが正しい行動 だと思います。小泉首相を引き摺り下ろして、その正しいことを実行して くれる人が他にいれば話は別ですが。
ここまで構造改革にこだわって突き進んでいる内閣は他にありません。 構造的な問題は明らかに存在するからです。自民党を改革するためには必要 となるスローガンです。しかも、これを楯に影に潜んでいる抵抗勢力が生き 残るためにもこういう人が存在すると都合がいい。だから強行には叩き潰す ことはしないんです。矛先が自分たちに向かわないようにしているんです。
必要悪な人にとっても必要、必要な人にとっても必要。だから必要。 小泉首相以外に適任者がいないというのはそういうことです。
官民問わず、従来のやり方、従来の仕組みを否定されることを望みません。 そういった気質が経済の停滞を招いたことを自覚したくないんです。 「従来」という言葉を「オレ」「私」と置き換えてみたらどうでしょう。 自分を否定されることになりますよね。本質はそこなんです。官僚だとか 企業が悪いと言いながらも、本質は個人のこだわりにあるんです。だから 構造改革といった仕組みを変えることで強制的に個人の意識を変えていく 方法を取るわけなんです。個人にまでは手が届かないからね。国は。
ただ、こういった個人の問題は実は戦後の国の政策に深くかかわっている 問題なので、簡単には語れません。それぞれの人はそれぞれの時代環境に 流されながら生きてきたわけですから。だから個人の否定という方法は 取るべき行動ではありません。時代の流れとともに仕組みを変えていく ことが自然な変化だと思います。だからこそ仕組みを変えようとする小泉 内閣を支持するわけです。これって実は人に優しい政策だと思いません?
少々間違ったことをしたとしても、それをもって全否定しないで肯定的に 見守ってあげたいと思うのは、そういうことを考えるからです。他人には 自分の思いは押し付けませんが、自分はあくまでYESの立場です。
はい。今日は曇りときどき晴れ。(東京地方)
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