| 2003年03月31日(月) |
改めてコトウユウキにつれづれ |
なんだか昨日行われました「千年祈」の影響でしょうか、コトウさんのサイト からお越しになる方が多いです。1日のカウントとしては通常の10倍。 びっくりして腰が泳いでいるような興奮しているような。(笑)
千年祈の感想としては、本当はリーディングのことを言いたかった。 今までもコトウさんのリーディングを聞きに行った時には感想を日記に記載 してきましたが、今回は個人のリーディングというわけではなかったので 敢えて記載を控えました。自分が聞きに行ったリーディングとしては久しぶり でしたし、本人も準備万端と自身を持っておりましたから期待はしていたの です。ひとりの時は早口で聞きづらい場合があるのですが、今回は二人読み でしたので、そのバランスを取るためにテンポを調整したみたいです。
とはいえ、他人の作品を読み上げるという今だかつてないことでした。 そういえば、自分もだまされて(笑)人前で即興の自作詩を読まされたことが あったなぁ。これがいわゆるサラリーマン詩というものでしょうか。あはは。 まぁ、あれは詩というよりも思いつきの感想文だったから詩というまでには 至ってなかったけどね。舞台でお読みになった皆様、お疲れさまでした。
自称コトウフリーク(ちなみにストーカーではない)の自分は、本人も春九堂 さんに紹介していましたが、車で追いかけるなんてことをしたことがあります。 インターネットで知り合った人としては、なかなかいないんじゃない?こう いうことする人。もしかしたらコアな追っかけなのかもしれません。今はもう しておりませんが。
自分は彼女が「詩人の細胞」を発刊した時の頃は知りません。メルマガ「オレ 論」を発行した時に女子大生という言葉に釣られて読み始めたという不純な 動機でありまして(笑)。いやいや、彼女の「詩」に対する情熱に心を打たれ たわけでありまして、表現方法がどうとか質がどうとかを言える立場でもない し、言えるだけ心得ているわけでもない。それでも彼女を支持するのは、その 「情熱」にあるわけです。見てもらいたい、聞いてもらいたい、そんな動機に 共感しているんです。どうだおらっていう高圧的な態度でないところがいい。
ある意味、彼女は詩の宣教という使命を負っているので、自分の活動だけでは なく、いかにして詩というものを広めていくか、教科書に載っているお堅い だけのものではないことを理解してもらうか。それをどうしたら人目のつく ところでお披露目できるか。インターネットの限界は、生の声に、生身の本人 に触れることができないこと。それから公開されている著作に手軽にアクセス できるために重みを感じないこと。お金を払うわけでないからね。
こんな時代だからこそ形のあるもの、記憶に残るものを提供できるかどうか。 究極的には人の心に残る人になって欲しいわけです。企画ができないならば、 自分としては企画されたものに参加することがせめてもの行動です。
偉大な詩人とはならずとも、いつまでも心に残る詩人になって欲しいですね。
それにしても「Fカップ」が売りになるなんて、なんだかなぁ。(阿藤海風)
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
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