今日は「千年祈」のイベントで駒込駅から歩いて20分ぐらいのところ にある光源寺に行って来ました。どこが最寄の駅だかわからずに、ただ 駒込という言葉に頼って行きました。都内だとだいたい500m以内に 何かしら駅があるもんですが、それがどこやら。まぁ健康のためと思い 一番交通の便のいい駒込駅から歩いて行きました。
そんなことはいいとして、光源寺へ着きましたらなんだかイベントらし きものが行われている。ここがそうだと思って入場料1000円を払って 寺社内に入りましたが、境内にそれらしきところはなく、ドーム型の テントがあるだけ。まさかそこでやっているとは思わず、外で時間を つぶしていましたが、どうやらそこで何やら行われている様子。
恐る恐るのぞいてみましたら、なんか出し物らしきことをやっていた。 しばらく見ていても客からリンゴを投げてもらってそれを口で刺すやつ。 どこかで誰かがやっているようなやつね。何回も客に投げなおさせて 笑いを取っているけど、なぜこんなことをずっとやっているのか理解が できなかったので途中でテントを出まして、しかも聞いていた時刻に なってもリーディングらしきことが始まらないから飽きれて帰ろうと したところ、門のところで自分を呼び止める声が。コトウさんじゃない ですか。こちらは少々怒りの気持ちでおりましたから、帰る気持ち満々。 でも千年祈のリーディングはまだらしい。ちょっと落ち着いたので、 帰りたい気持ちもそこそこに、彼女の出番まで待ってからにすることに。
しばらくたって、受付でもらったパンフレットとスケジュール表を見て みると、予定時刻までまだあるじゃない。しばらく待っていましたが、 それでも予定時刻になってもなかなか始まらない。何だか段取り悪いな と思ってしばらくたつと、ようやく始まりの声掛けがありました。
で、始まってからというもの、でぃびぃとみやもと春九堂氏 が司会で始まるもの。おふたりとも名前は知っていたものの、直接拝見 するのは初めて。おもしろそうな二人。(笑)
それでおふたりの軽快なトークで始まった千人祈ですが、終りが悪かった。 リーディングそのものは悪くはないんですが、この趣旨の関係上、観る 側の意識が高いので、このインターネットで吸い上げたみんなの声を公表 するだけでは何ら行動にはなっていないと強く主張された。そもそもこの 千年祈は、声なき声を表に出していこうというものであって、行動を起こ す手始めとして企画されたものじゃない。行動できないまでも、みんなの 中に思いはあるだろうからそれを表舞台に出して、何らかの形にしてみた らどうかということであって、反戦運動としての行動ではないんだよね。
要するに行動のひとつの表現方法であって、反戦を訴える相手に直接の 動きを求めるものではない。そこに不満があったんでしょうね。表現の 手段としている人と、行動を求めている人との認識の違い。行動のレベル が低ければそれは行動として認められないというのは極論です。何故なら 政府が恐れるのは行動の質ではなくて行動の数だから。ひとりの協賛より 多くの反感の方が政治家を動かします。大きな声で詰め寄ればいいという ものではありません。そういう意味でもこの千年祈という企画は毎日新聞 をも動かしたという影響力があります。この事実は見逃す事はできません。
言いたいことは他にも色々とありますが、今回は主催者側の事前説明が 不充分であったことによる衝突という側面が否めないので、千年祈の主催者 側の落ち度であったとは言い難い。それだけにいやーな終わり方だった。 題材が悪かったというところでしょうか。リーディングで表現するにはね。
それにしても本郷通りには寺社が多いですね、
はい。今日は晴れときどき曇り。(東京地方)
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