| 2003年02月08日(土) |
人生は危険で一杯とは言うけれど |
ケネス・アローはリスクマネジメントの父と言われますが、そのリスクについて オマル・ハイヤームの詩が引用される時がありますので1文を紹介します。
「あることはみんな天(そら)の書に記されて、人の仕業を書き入れる筆もくた びれて、さだめは太初(はじめ)からすっかり定まっているのに、何になるかよ、 悲しんだとてつとめたとて!」『ルバイヤート』小川亮作訳 岩波文庫1949より
自分には解釈に苦しむ日本語ではありますが、ひとつの捉え方としては、人間の 運命やその中での行動は全て決まっているので、あれやこれやとあがいても仕方がないんだ、いちいち悩まず前向きに生きよ、ということ。
他の捉え方としては、定まった人生であってもあらかじめ知り得ることはできな いので、未知の事象に最善の対処をすべく知恵を絞り、手に入る情報を活用する。 リスクは障害ではなく必然性から解放してくれる活力源のひとつである、とも 理解できる。回避するも善し、取り入れてしまうも善し。
人生の考え方でもあり、リスクをどう捉えるかということを教えてくれる文章 でもあると思います。前向きに考えるか後ろ向きに考えるかでかなり解釈は違っ てくるかとは思いますが、いずれにしても見えない事象、つまりリスクが存在し、 それがどのようなものであるのかを理解できれば、そのリスクに対して逃げるの ではなく向かっていくことができることを教えていると思います。
オマル・ハイヤームとは、イラン北東部の拠点都市マシャドから西に約80キロ の地方都市ネイシャブールで生まれ没した。中央アジア発祥のセルジューク朝 (11―12世紀)で重用された教養人(1048―1131年)。
作品について黒柳恒男・東京外国語大学名誉教授の言葉を借りると、 ”ルバイヤートは「四行詩集」という意味で、ハイヤームの作品は四行詩の最高 傑作とされる。また、友人にあてた詩形をとり、平易な表現で本音をつづって いるため親しみやすい。「天国に黒い瞳の天女がいて美酒(うまざけ)も蜜も あると人は言うこの世で酒と恋人を選んだ我ら何を恐れよう、あの世とてこんな もの」”
原本は『サマルカンド手稿本』と言われています。
”その詩の内容はと言えば「夜中にひとり外で酒を飲んでたら満月がきれいで 楽しかった」といった感じで、つまり(1)酒が旨かった(2)人生は儚いもので あるなあ(3)それにしても酒はンマイ、という話ばかりなのである。” といった受け止め方も一部ではあるようですが・・・。
これを経済活動に当てはめて見ると、経済成長や発展が見込めない場合でもリスク を取る活動に積極的に携わるようになり、そのような活動に駆り立てられるように なったのはマーコビッツがクープマンスの線型モデルを応用したことにあると いいます。つまりポートフォリオのリスク管理(回避)ね。難しいことを言って いますが、リスクの分散のことです。減らすと考えるか均すと考えるかの違い。
株式投資はリスクが高いと言いますが、国債や公債に比べれば確かに高いです。 個別の銘柄のみで見ればそのリスクの大きさが計れないので、複数の株式を集め てひとつのポートフォリオを作れば、そのポートフォリオのリスクは個々のリスク ではなく、ポートフォリオ全体の動きの傾向で決まる。こうやってリスクを取り ながらリスク回避を行う手法を作り出した。そのポートフォリオの組み合わせ 全体はおおむね市場全体のリターンをなぞるというもの。
定めは決まっているのでしょうが、何もしないで定めに従うか、行動を起こして 結果的に定めになるのか。このあたりは生き方としては大きな違いでしょう。 人が人として生きていることを実感するにはやはり後者でしょうね。だからこそ 経済活動が存在するわけだし、国家が存在するわけだし、自分が存在するわけで。
そういう意味じゃ、安住の地「日本」にいるわれわれはこのリスクの考え方を 知らずに戦後を生きてこれた世界でも数少ない国に生まれ育っているのかもしれ ません。だからこそ日本の常識は世界の非常識になっているわけで、一部では 「勘違い」世代もはびこっているわけで、常識世代には考えられなくなってきた。
でもこれは考えようで、常識人では打ち破れなくなった時代を打ち破ってくれる 世代が出現したとも言えます。これもある意味「定め」なんでしょうか。リスク をリスクとしない、あるいはリスクをリスクと考えない時代がやってくるかも。
経済が人間の心理も考慮すべきとしているのは、景気の上下は人間心理に大きく 左右されているからです。そういう意味じゃ、経済を研究する人は人間観察も しなければならないかもしれませんね。
はい。今日は曇りのち雨。(東京地方)
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