TBSの報道番組で取り上げられていたのですが、自身が強度第1色盲 であるおふたりの活動について紹介されていました。
「色盲」というと、色が全く認識されず、見えるものが全て白黒であるかの ごとく認識する人で、一般的には視覚異常者と思われている人です。これに 対して、色盲とはこういう説明をされています。
”我々は多少なりと遺伝学の素養がありますので、色盲は「ポリモルフィズム (遺伝的多型)」であり「異常」ではないと考えております。「遺伝的多型」 というのは、ちょうど血液型にA型B型などさまざまなタイプがあるように、 ある遺伝子に何種類かの異なったタイプが存在する、という意味です。 何種類のタイプのうち、そのようなタイプの遺伝子を持っている人はほとんど 生き延びることができないとかいう場合には、それを正常・異常というふうに 区別することも不可能ではありません。しかし色盲の場合、人類の長い歴史の 中で、男性の5%以上という高い頻度で存在し続けているわけですから、生存 に不利なものでもなく、極端にめずらしいものでもありません。従って色盲は、 「異常」と定義するよりも「遺伝子のタイプ」と認識すべきです。
(中略) このように色覚「異常」とか色覚「障害」という表現は、色盲の人は「正常で ない」「害を持っている」ものであるという価値判断を根底に含んでしまって います。これにくらべ色「盲」という言葉は、色が「見えない」という客観的 事実だけを表現しており、無用な価値判断を含んではいません。従って「色覚 障害」や「色覚異常」よりは「色盲」の方が、正確で問題が少ない表現だと 思っています。 ”
ここには「正常」とか「異常」とかいう考え方ではなくて「多い」か「少ない」 (あるいは「ない」)かの違いであると説明されています。多数をもってそれが 当たり前のことで、少数の部類だからと忌み嫌われるというのはおかしいと。
少数をもって例外、異常、奇異などと捉えるのはそうでない人からするとそう かもしれませんが、そこに当てはまる人からすると差別的な言葉になります。
言葉に対する議論はあるけども一方では、
”過去数十年間、ずっと言葉の言い換えが議論されてきましたが、そればかりに エネルギーが費やされ、具体的な提言が出ていません。大切なのは、色盲の人が 暮らしやすい社会を作ることであります。それが達成されれば、色盲への差別も 根拠がなくなり、自然に消滅してゆくと考えられます。そのような社会を作る ためには、色盲の人しか気付かないような具体的で建設的な提言をしてゆくこと の方が重要です。”
日本人男性の5%(約300万人)、白人男性の約8%は、赤や緑の混じった特定の 範囲の色について、差を感じにくいという視覚特性を持っているそうです。 これを血液型と同列に議論するのはいささか無理があるとは思いますが、いず れにしても、遺伝的な素子は本人にはどうすることも出来ません。これだけの 数の人が存在するのですから、その人たちにとってどうすれば生活しやすい 社会になるのかを考えていくことが大事になると思います。
ただ、ここでの提案は色盲ではない人からは出しにくいこと。分からないから。 だから色盲の人から提案をしてもらわないとどうしようもないという問題も ありますが、いずれにせよ、分かり合うという気持ちが大切になってきます。
ちょっと神経質になりやすい問題でしたので、コメントは控え目にしました。
はい。今日は雨のち曇り。(東京地方)
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